「信頼せよ、されど確認を怠るな」:経営者に求められる二つの視点
よくある質問 (FAQ)
「Trust, but verify」の意味とビジネスへの応用は?
日本のビジネス文化における性善説の落とし穴とは?
検収・検品が重要な理由と法的背景は?
書面契約の必要性とメリットは?
確認行為を「不信感の表れ」と受け取られた場合の対応は?
私が若かった1980年代後半、まだソ連が存在していた時代のことです。ある雑誌でミハイル・ゴルバチョフ書記長のインタビュー記事を読み、そこで出会った言葉が今でも強く心に残っています。
“Trust, but verify(信頼せよ、されど確認を怠るな)“
ゴルバチョフ書記長の言葉が示すもの
この言葉は、当時の米ソ関係における軍縮交渉の文脈で語られたものでしたが、その本質は現代のビジネスにも深く通じるものがあります。 経営者がよく陥る罠、それは前回の記事で述べたように、「信頼」という言葉の下に、確認を怠ってしまうことです。 「Trust, but verify(信頼せよ、されど確認を怠るな)」は、まさにこの本質を突いています。
日本的「信用」の特殊性と限界
性善説という落とし穴
日本のビジネス文化において、「信用」や「信頼」は特別な価値を持ちます。コンサルタントとの関係において見られるように、多くの日本人は性善説を基盤として、相手を信じることから関係性を構築しようとします。しかし、この考え方には大きな落とし穴が存在します。
ビジネスにおいて性善説に基づく判断は、しばしば非合理的な結果を招きます。例えば、連帯保証人のケースを考えてみましょう。「信用」を重視するあまり、十分な検討なく保証人になってしまい、後に大きな損失を被るケースは珍しくありません。
人間性の現実
人間は本質的に自己保存の本能を持っています。経営者自身の意識改革が必要なように、極端な状況—特に命やお金が関わる場合—において、人は予想以上の行動を取ることがあります。これは他人事ではなく、私たち一人一人に当てはまる事実です。
しかし、ここで重要なのは程度の問題です。
- 10回の約束のうち1回も守れない人
- 10回約束したら、ほぼ確実に守る人
どちらが信用に値するでしょうか?答えは明白です。ただし、ここで注意すべきは、たとえ約束を守る傾向が高い相手であっても、その履行を確認する必要があるという点です。
検証の重要性:理論と実践
検収・検品の意義
AIによる分析が示すように、ビジネスには様々なリスクが存在します。その代表例として、「検収」や「検品」の重要性を考えてみましょう。大企業ではこれらのプロセスが確立されていますが、小規模事業者ではしばしば軽視されがちです。
例えば、納品時の確認についての法的解釈を考えてみましょう。
- 商法第526条により、買主は遅滞なく検査をする義務があります
- 瑕疵を発見した場合、「直ちに」通知する必要があります
- 「相当の期間」を経過した後の瑕疵の主張は、原則として認められません
つまり、「大丈夫だろう」という安易な判断で検品を後回しにすることは、法的リスクを抱えることになるのです。
専門家への依頼と検証
典型的な例として、マンション建設のケースを考えてみましょう。 不動産会社という「プロ中のプロ」が発注し、大手建設会社が建設するマンションであっても、予想以上の問題が発生することがあります。
マンション内覧会では、多くの購入者が様々な不具合を指摘します。 しかし重要なのは、「ブランド」や「過去の実績」を過信しないことです。 同じブランドのマンションでも、開発時期によって品質が大きく異なることがあります。
企業が経営の危機に直面した時、その行動は私たちの想像をはるかに超えることがあります。例えば、分譲マンションにおいて、販売価格は維持したままで内装品質を大幅に落とすといったケースが見られます。これは氷山の一角に過ぎず、経営危機に陥った企業が取る行動の中では、比較的穏当な例と言えるでしょう。
このように、たとえ信頼できる企業であっても、経営存続という究極の危機に直面すれば、消費者との信頼関係よりも自社の生き残りを優先せざるを得ない状況に追い込まれることがあります。これは企業に限らず、追い込まれた個人でも同じことが言えるのです。 そのため、「一流企業だから」「今までの実績があるから」という判断は、実は大きなリスクを伴います。相手の置かれた状況や、その時々の経営判断によって、提供される商品やサービスの質が大きく変わる可能性があることを、私たちは常に意識しておく必要があるのです。
このマンションの例は、ビジネスにおける「自己検証の重要性」を端的に示しています。たとえ相手が一流企業であっても、たとえ過去の実績が優れていても、その都度しっかりと確認することが重要なのです。「信用」や「実績」を盾に確認を怠れば、取り返しのつかない損失を被る可能性があります。
これは規模の大小を問わず、あらゆるビジネスシーンに当てはまる原則です。小規模事業者であっても、日々の取引における確認を疎かにしてはいけない理由がここにあります。
コミュニケーション手段の選択
「確認」の観点から見ると、日常的なビジネスコミュニケーションにおいても、電話よりもメールやチャットツールの方が有効です。
-
記録が自動的に残る
- 「〇月〇日にこう約束した」という証拠になる
- 「そんな話は聞いていない」という水掛け論を防げる
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内容を見直せる
- 細かい数字や日時を正確に伝えられる
- 先方も落ち着いて内容を確認できる
-
認識の食い違いを防ぐ
- 聞き間違いや聞き漏らしが減る
- 必要に応じて内容の確認や修正ができる
もちろん、急ぎの用件や複雑な説明が必要な場合は電話が適していますが、その場合でも、
- 電話で話した内容を後でメールで確認する
- 重要な決定事項はメッセージで共有する
というように、記録を残すことを心がけましょう。これも「信用していないから」ではなく、お互いのビジネスを守るための基本動作なのです。
口頭契約から書面契約へ
このような考え方は、契約の方法にも当てはまります。 「お互い信用しているのだから、口頭での約束で十分」という考えは、実は危険です。 なぜなら…
- 人の記憶は曖昧になりがち
- 聞き間違いや認識の違いが発生しやすい
- 担当者が変わると引継ぎが難しい
- 後日のトラブル時に証拠が残っていない
書面による契約は、決して「相手を信用していない」ということではありません。
- お互いの約束を明確にする
- 双方の権利と義務を保護する
- 後々の無用なトラブルを防ぐ
- 長期的な信頼関係を築く基礎となる
むしろ、このように、書面契約は相互の信頼関係を強化するツールとして機能するのです。
「確認」に対する誤解への対応
ビジネスの現場では、確認や検証を求めると「信用していないのか」という反応に遭遇することがあります。特に日本では、性善説が根付いているため、確認行為自体を不信感の表れと受け取る人も少なくありません。
しかし、これは大きな誤解です。確認行為は「信用」を損なうものではなく、むしろ健全なビジネス関係を築くための基本です。 例えば、次のような効果が期待できます。
- 「信用あるからこそ、きちんと確認して、後々のトラブルを防ぎたい」
- 「お互いの責任を明確にすることで、長期的な信頼関係を築ける」
- 「確認することで、双方の認識の違いを早期に発見できる」
小規模事業者のための実践的アプローチ
基本的な心構え
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「後で確認すれば良い」は損失の始まり
- 問題の発見が遅れるほど、対応コストは増加
- 取引先との関係も悪化
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「急いで確認」が利益を守る
- 早期発見・早期対応で損失を最小限に
- スムーズな解決で取引先との関係も良好に
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「確認をサボる」と必ず後悔する
- 些細な確認の省略が大きな損失を生む
- 「確認する習慣」が経営を守る
まとめ
「信頼」は関係性の基盤として重要ですが、それだけでは十分ではありません。 小規模事業者であっても、適切な確認プロセスを日常的に実施することで、より強固なビジネス基盤を構築することができます。特に日本のビジネス文化において、この「信頼」と「検証」のバランスを意識的に追求することが、経営者には求められているのです。