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業界洞察

人月と付加価値 - 現場からの証言(第2部)

人月と付加価値 - 現場からの証言(第2部)のイメージ

前回は、日本のIT業界における人月ベースの見積もりと、その文化的背景について考察しました。 今回は、35年間のシステム開発現場での実体験を通じて、この問題がどのように現れ、どのような影響を及ぼしてきたのかを具体的に見ていきます。

新人時代の経験 - 能力と評価の不一致

7人分の仕事を1人で

私が初めて担当したシステム開発案件は21歳のときでした。 この案件で、私は7人分の仕事を一人でこなすことになりました。 つまり、7人月の仕事を1人月で達成したことになります。

しかし、その結果はどうだったでしょうか。

  • アルバイトだった私の時給は1500円から2500円に上がっただけ
  • 会社は大きな利益を得て、社長はポルシェを購入

この経験は、能力や成果と報酬が必ずしも一致しないという、日本のIT業界の特徴を如実に示しています。

年功序列の壁

大手電機メーカーでの経験

25歳で独立・起業した後、大手予備校のシステム開発案件を担当することになりました。 日本を代表する電機メーカーが請け負った案件が炎上し、その火消しを依頼されたのです。

案件の状況は、チームの8割が開発言語を未習熟という単純な人手不足、スキル不足、経験不足が原因でした。 私は2次請けとして参画し、最初は1次請けから時間8000円の単価で契約しましたが、2月なのに勤務時間は300時間を超えました。 そのため、7000円に値切られ値下げされ、予算切れのため、わずか1カ月で契約終了となりました。

ここでまさかの展開がありました。 電機メーカーの本部長が直接契約を持ちかけてきたのです。

本部長:「今の状況で君に抜けられたら困る。システムが完成するまで、直で契約してくれ。」

しかし、私の年齢(25歳)を聞いた途端、本部長の態度が変わります。

「単価は問題ないんだが…25歳だと、当社の最高等級を適用しても、半額しか払えない。」

結果として、単価3500円での1カ月限定契約となり、大手企業との取引実績として評価するよう言われました。 この経験は、日本企業における年功序列の根深さを示しています。 同じ仕事、同じ価値を提供しても、年齢によって評価が大きく変わってしまうのです。

付加価値と報酬の不一致

CSVファイル処理の事例

21世紀に入ってからの出来事です。 取引先の大手学習塾から、10万件のCSVファイルをグループ単位で分割する相談を受けました。 グループ数は約1000件でした。

私はVisual C++でプログラムを作成し、実作業時間は5分程度で、1時間後には納品できました。 背景として、別の取引先がExcelで手作業による処理を試みましたが、一晩かかっても完了せず、データの混在により収拾がつかない状態になっていました。 そして手作業会社への支払いは15万円だったのに対し、私への支払いは無償(感謝の言葉のみ)でした。

このケースは、技術力と報酬の関係における重要な問題を示唆しています:

  1. 非効率な作業に高額な報酬
  2. 効率的な解決に対する適切な評価の欠如
  3. 技術的価値に対する認識の低さ

デフレ時代における構造的問題

コスト削減圧力の影響

2000年代以降のデフレ経済は、IT業界の構造的問題をさらに悪化させました。 大手企業は下請けへの単価引き下げ圧力を強め、工数の削減よりも単価の削減を優先し、品質よりもコストを重視する傾向がありました。

SES(システムエンジニアリングサービス)では優秀なエンジニアほど過重労働となり、スキルに応じた適切な評価がなく、「安く、長く」働かせることが志向されました。 受託開発ではエンジニアの消耗品化、スキル向上の機会喪失、モチベーションの低下が見られました。

35年間変わらない構図

この業界構造は、35年前から本質的には変化していません。 エンジニアは利益を生み出すための道具という認識が根強く、消耗品としての扱い、長期的な育成の軽視が続いています。 ビジネスモデルとしては安価な労働力を確保し、長時間労働を常態化させ、高額で顧客に提供するというパターンが続いています。

モチベーションと品質への影響

承認欲求の問題

人間の基本的な欲求である承認欲求が満たされないことは、深刻な影響をもたらしています。 エンジニアは問題の発見を報告しなくなり、改善提案を諦め、最低限の作業のみを実施するようになります。

組織としては技術的負債の蓄積、品質の低下、イノベーションの停滞といった影響が現れます。 顧客へのサービス品質の低下、長期的な競争力の喪失、コストパフォーマンスの悪化も避けられません。

各種調査からも、日本のエンジニアの自己研鑽率の低さ、「学ばない、学べない、学ばせない」状況、給与満足度の低さ(50代でも2割程度)といった問題が確認できます。

まとめと展望

35年間の現場経験から見えてくるのは、日本のIT業界における構造的な問題が、単なる待遇の問題ではなく、より本質的な価値評価の歪みに起因しているという事実です。

次回は、この状況を打破するための具体的な方策と、新しい可能性について考察していきます。 特に、内製化やパートナーシップモデルなど、新しい取り組みについても詳しく見ていきましょう。