AIで儲けた人がAIに仕事を奪われる? - 技術革新の光と影(前編)

仕事を奪うのはAIでなく人間である。 この当たり前の事実を、私たちは見落としがちだ。
LLMを始めとする生成AIの登場により、大幅な業務の合理化が進んだ業界がある。 その一つがホームページ制作会社だ。
ホームページとウェブサービスの違い
まず、ホームページ(ウェブサイト)とウェブサービスの違いを整理しておこう。
ホームページは情報提供が主体で、人間が閲覧することを目的としている。 一方、ウェブサービスは利用者が実際に「使う」ことを目的とした機能やサービスを提供する。
主な違いは以下の通りだ:
項目 | ホームページ | ウェブサービス |
---|---|---|
主な用途 | 情報閲覧・発信 | 機能やサービスの利用 |
インターフェース | 視覚的なUI重視 | 機能性重視 |
利用形態 | 「見る」が中心 | 「使う」が中心 |
例 | 企業サイト、ブログ | SNS、オンラインバンキング |
AIによる業務革新の現実
ホームページ制作は次の工程に分けられる:
- ヒヤリング
- 要件定義
- テーマデザイン
- ライティング
- htmlコーディング
- CSSデザイン
- ロゴ制作
- イラスト制作
2025年時点では、これらの制作工程のほとんどがAIで合理化されているが、完全に人間の手を離れているわけではない。特に中小企業や任意団体、サークルなどのホームページであれば、AIの活用が格段に有効である。
工程 | 現状のAI活用状況(2025年時点) | 備考・追記 |
---|---|---|
ヒヤリング | AIによる音声の文字起こし・要約は実用段階にある。 | 要約後、人間による確認や補足が必須。 |
要件定義 | AI単独での高精度な要件定義は未だ難しく、人間の介入が必須。 | 現時点ではAIが生成した要件を人間が精査・修正して使うのが一般的。 |
テーマデザイン | AIによるデザイン案作成は実用化されているが、最終調整は人間のデザイナーが行うことが多い。 | AIが生成したデザインは一定のクオリティがあるが、細かなブラッシュアップはまだ必要。 |
ライティング | AIのライティング性能は高い水準に達し、特に企業サイトやLP制作に十分実用的。 | SEO対策やマーケティング戦略を踏まえた最終調整は人間が必要。 |
htmlコーディング | AIが高品質なHTML/CSSを出力可能。 | 複雑な動的処理やアクセシビリティ対応は、まだ一部人間の調整が必要。 |
CSSデザイン | AIが高品質なCSSを生成可能である。 | 動的要素やUXにこだわる場合は人間の微調整が必要。 |
ロゴ制作 | AIによるロゴ制作は限定的に可能。 | 独創性・ブランド意識の強いロゴはまだ人間による制作が主流。 |
イラスト制作 | 一般的なイラストはAIが高品質で作成可能。 | 特殊なタッチ、著作権や倫理面の問題あり、人間の介入が必要。 |
AIを活用することで、これまでの2~3倍の生産性を実現したり、外注化していた作業の一部をAIに任せることが可能となった。しかし、現状では「人間による最終チェックや調整」が依然必要であり、完全に無人化されたAIによるホームページ制作サービスは、まだ実用段階に至っていない。
業界への影響と市場の変化
この段階で仕事を大きく奪われたのは下記の業種だ:
- ライター
- デザイナー
- コーダー
現時点で最も強い影響を受けているのはフリーランス市場である。特に単純作業(ライティングの初稿作成、基本的なHTML/CSSの制作)はAIに置き換えられつつある。フリーランスは仕事が減り、ホームページ制作会社は利益率が上がり、泣き笑いが分かれる結果となっている。
一方、AIを効果的に使いこなせるスキル(プロンプトエンジニアリング、AI生成物の編集・最適化能力)を持つ人材への需要が高まっている。特筆すべきは、プロンプトエンジニアリングの世界市場規模が2024年から2030年にかけて年平均成長率32.8%で成長すると予測されており、この分野のスキルを持つ人材の価値が急速に高まっている点だ。
AIの影響度の差異
AIの影響は均一ではない。比較的定型的な作業を担う職種(ライター・デザイナー・コーダー)ほど影響が大きい傾向にある。一方で、最近のAIモデルは非常に精度が高くなってきているものの、業務用アプリケーションでは複雑な概念操作やデータ処理が求められるため、プロンプトエンジニアリングのスキルは依然として重要である。
特に画像生成やコンテンツ作成の分野ではAIの進歩が著しく、生成AIを活用することで効率的かつ高品質なサイト構築が可能になっている。しかし、AIの能力を最大限に引き出すためには、プロンプトエンジニアリングという高度なスキルが不可欠であり、この点でAIと人間の協働は今後も継続するだろう。
市場の事例
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Wix(2024年1月) は生成AIを導入したWebサイト作成支援機能を提供し、利用者がテキストプロンプトだけでページデザインやコンテンツの初稿を作成可能にした。ただし、同社も生成後の調整や確認には依然人間が関与する必要性を認識している。
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Microsoft Copilot(2024年版) はVisual Studioでプロジェクト単位のHTML/CSSコード生成・デバッグを可能にし、大幅なコーディングの時間短縮を実現したが、最終的なクオリティ管理は人間が担当している。
変化する市場とその未来
ホームページ自動製作やLP自動製作のサービスは以前から存在していた。 ただし、文章は自前で用意したり、デザインをテンプレートから選んだりと、制約が多く、自由度が少なかった。 これに満足できない人たちがホームページ制作会社に発注することになる。
しかし、AIの性能は日々向上している。 かつてはHTMLを出力するのが精いっぱいだったのが、今はプロジェクト単位で複数ファイルを扱える。 このファイルにはHTMLやCSSだけでなく、SVGやWebPなどの画像ファイル、文章のテキストやMarkdownファイル、そして企画書や要件定義書も含まれる。
完全AI制作サービスへの転換点は予測されるが、少なくとも短期(数年間)は「AI×人間」という協働型サービスが主流となるだろう。この中で、AI活用のスキルを持ったエンジニアやデザイナーの価値はむしろ向上し、そうでない人々との差が開く可能性がある。
「2025年の崖」とAIの進化
2025年は多くの企業にとってAI活用における重要な分岐点となっている。いわゆる「2025年の崖」という概念があり、日本企業がデジタル化や生成AIの導入に遅れをとると、年間約12兆円の経済損失が予測されている。この危機感から、多くの企業がAI導入を急いでいる現状がある。
また、2025年までに、AIエージェントが顧客体験をパーソナライズし、業務プロセスを変革するとの予測もあり、これはホームページ制作業界にも大きな影響を与えることになるだろう。特に、ウェブサイトが専門職でない人でも作れる方向に進化する可能性が高いとの指摘もある。
オープンソースAIの影響と市場の急変
オープンソースAIの進化によって低価格化が進み、AIアプリ市場が急拡大する可能性も指摘されている。これにより、AIによって安価な事業者が業界に多くなることで価格参照点が下がり、ホームページ制作の相場となる金額が下がっていくという現象が既に始まっている。
この流れは今後も加速すると予測され、完全なAI自動化への移行は当初の予測よりも早まる可能性もある。特に単純作業を中心としたフリーランスや小規模事業者は、AIを活用した新たなビジネスモデルへの転換を迫られることになるだろう。
まとめ:AIとの共存戦略
ホームページ制作業界におけるAIの進化は、単に仕事を奪うという単純な構図ではなく、AIを活用できる人とそうでない人の差が開くという複雑な影響をもたらしている。今後は、AIの特性を理解し、その能力を最大限に引き出すためのスキルや、AIでは対応できない高度な業務に特化するなど、差別化戦略が重要となるだろう。
特に、AIの進化に合わせてスキルアップを続け、常に一歩先を行く姿勢が求められる時代になっている。これは危機でもあり、チャンスでもある。AI時代を生き抜くための戦略を今から考え、実行に移すことが重要だ。