オフショア開発の闇 - 認識のズレがもたらす技術的負債

新規システム開発において、「新しいはずなのに古い技術で構築されている」という状況に遭遇する機会は限られているかもしれません。 しかし、問題はむしろそこにあります。 多くの企業は、自社のシステムが重大な技術的負債を抱えていることに気づいていないのです。 この認識の欠如こそが、将来的なセキュリティリスクや運用コスト増大の主要因となっています。
直面した問題 - npmの警告メッセージが示す深刻な状況
納品されたシステムのフロントエンド環境を構築するため、npm install
を実行したところ、以下のような警告が大量に表示されました。
npm warn deprecated inflight@1.0.6: This module is not supported, and leaks memory.
npm warn deprecated glob@7.2.3: Glob versions prior to v9 are no longer supported
npm warn deprecated rimraf@3.0.2: Rimraf versions prior to v4 are no longer supported
npm warn deprecated @humanwhocodes/object-schema@2.0.3: Use @eslint/config-array instead
npm warn deprecated eslint@8.57.0: This version is no longer supported.
これらの警告は、新規開発にも関わらず、すでにサポートが終了したライブラリやメモリリークを引き起こす既知の問題を抱えたコンポーネントが使用されていることを示していました。 この発見が、プロジェクト全体の品質への疑問を投げかける転機となりました。
OSSのライフサイクルとEOLの重要性
OSSのライフサイクル管理
オープンソースソフトウェア(OSS)には独自のライフサイクルがあります。 商用ソフトウェアと比較して以下の特徴があります:
- 比較的短いサポート期間
- 新規登録プロジェクトの約95%が半年以内に開発終了
- 長期的に活発な開発が継続されるのは一部のプロジェクトのみ
EOL(End of Life)とその影響
EOLとは製品のライフサイクル終了を意味し、具体的には以下の影響があります:
- セキュリティ更新プログラムの提供終了
- 新機能の追加停止
- パフォーマンス向上の機会喪失
- 技術的遅れによる将来的なシステム互換性の問題
今回の事例では、ESLint v8.xシリーズが2024年10月にEOLを迎え、すでにメンテナンスが終了している状況でした。 また、inflightモジュールはメモリリークの問題を抱えたまま放置されていました。
オフショア開発における「動けばいい」思考の問題点
今回の事例から浮かび上がった問題点は、以下のような構図でした:
-
開発者(オフショア外注)の姿勢
- 「動けばいい」という安易な選択
- 最新の安定版ではなく、EOLが近いバージョンを選定
- 既知の問題を抱えたライブラリをそのまま採用
-
受け入れ側(日本の外注先)の対応
- 技術選定の妥当性チェックの欠如
- 依存関係の整合性確認の不足
- コードレビューの形骸化
根本的な問題 - システム検証プロセスの欠陥
性善説vs性悪説の落とし穴
この状況を別の視点から見ると、日本人特有の「アンパンマン思考」と海外でよく見られる「バイキンマン思考」の違いが浮かび上がります。
- 日本人の感覚:「言わなくても最新版を使用しているだろう」(性善説)
- 海外の感覚:「言われたことだけやればいい、バレなければOK」(性悪説)
最も憂慮すべきは、この認識のギャップ自体を日本側が把握していないという点です。 性善説を基本としたプロジェクト管理では、こうした問題を事前に予測できず、結果として「気づいた時には手遅れ」という状況を招きます。
システム検証における致命的な抜け穴
この事例で浮き彫りになったのは、システム検証プロセスにおける重大な欠陥です。 開発からテスト、納品までの一連の流れにおいて、実は極めて重要な問題が見過ごされています。
実情は以下のような構造になっています:
- 開発陣(ベトナム):システムを開発し、実装時に表示される警告やエラーを認識しつつも対処せず
- 管理者SE(日本):開発環境を構築せず、完成品のテストのみに従事
- クライアント(私/代理):実際に開発環境を構築し、ここで初めて潜在的な問題を発見
この構造こそが問題の核心です。 管理者SEはシステムを自ら構築することなく、開発陣が提供した完成品の機能テストのみを行っています。 そのため、構築過程で表示される警告メッセージやエラーに一切触れることなく、「動作確認」だけを行うという状況が生じているのです。
本来であれば、システム検証には「構築検証」「コード品質検証」「機能検証」の三つが不可欠ですが、管理者SEは「機能検証」のみを行い、残りを省略または認識していないというギャップが存在します。 これにより、品質問題の発見が遅れ、技術的負債が蓄積される結果となっています。
技術的検証能力の組織的欠如
オフショア開発の問題を技術的に検証できる人材が組織内に不足しているという根本的課題があります。
- 管理者SEが主体となる組織構造
- プログラミングを直接経験していない管理層
- PDサイクルを経験していない技術管理者
これらの管理者SEにとって最重要視されるスキルは、コミュニケーション能力とExcel/Wordの操作能力であり、最新技術動向の把握や技術的深耕は二の次とされがちです。 本来SEはプログラマの上位職という建付けであるにもかかわらず、プログラミングの実践経験が乏しい管理者が増加しているという矛盾が存在します。
自社システムの脆弱性に対する認識
この問題は決して他人事ではありません。 多くの企業では、自社のシステムが同様の技術的負債を抱えている可能性があるにもかかわらず、それを検出する能力が組織的に欠如しています。 あなたの会社のシステムも、同様のリスクに晒されているかもしれないのです。
特に懸念されるのは、技術を適切に評価できる人材がいないために、表面上は問題なく動作するシステムの内部に潜む脆弱性や将来的なリスクが見過ごされている可能性です。 見えない技術的負債の蓄積は、将来的な大きなコスト増大やセキュリティリスクとなって顕在化します。
建設業の手抜き工事との類似性
この状況は、建築業界の手抜き工事と同様の構図を持っています。 「バレなければいい」という考え方が根底にあり、問題が表面化するのは何年も後のことで、その時には責任の所在が曖昧になっているというパターンです。
日本でもゴミをコンクリートに混ぜて建物を建てる不正が発覚するように、ITシステム開発においても、表面上は見えない技術的問題が内部に埋め込まれていることがあります。 そして、最終的な負担はクライアント企業に回ってくるのです。
おわりに - 氷山の一角に過ぎない問題
今回発見された古いライブラリの使用とEOLが迫ったパッケージの採用は、実はこのプロジェクトが抱える問題の端緒に過ぎません。 さらなる調査を進めるうちに、より根本的かつ深刻な課題が明らかになってきています。 今回の事例は、オフショア開発における品質管理の難しさを浮き彫りにする契機となりました。
大企業がシステムの内製化に舵を切る背景には、こうした外注開発の質的問題への懸念があるのかもしれません。 しかし、内製化だけが解決策ではありません。 本質的には、技術を評価できる人材を育成・確保し、適切な検証プロセスを確立することが重要です。
技術的負債は、見えにくいが確実に蓄積され、将来的な障害や費用増大につながります。 新規開発であっても、初期段階から品質管理の視点を持ち、技術的な深い理解に基づいた検証を行うことが、持続可能なシステム開発には不可欠です。
最終的に必要なのは、性善説と性悪説の中間に位置する「性実説」的アプローチ、つまり「信頼はするが検証も行う」(Trust but verify) という姿勢ではないでしょうか。 そのためには、技術的検証能力を持つ人材の育成と適切な配置が急務です。