次の25年に向けて - 新しい開発モデルとベトナム人材の可能性
よくある質問 (FAQ)
オフショア開発の終焉がもたらす新しい開発モデルとは何ですか?
ベトナムIT業界における「道具」の習得と「思想」の欠如とは何を指しますか?
日本が失ったエンジニアリング文化とは具体的に何ですか?
AIの登場によってエンジニアの役割はどう変わりますか?
2030年問題とは何ですか?
エンジニアリング思想を継承するために今必要なことは何ですか?
日本のIT業界が直面している最終的な選択肢とは何ですか?
記事3(全面改訂版):次の25年に向けて - 新しい開発モデルとベトナム人材の可能性
AIがもたらす開発パラダイムの転換
オフショア開発の終焉は、同時に新しい開発モデルの幕開けでもある。
これまでの「人月×単価」という労働集約型モデルから、「エンジニアリング思想×AI」による価値創造型モデルへの転換だ。 AIは単純な実装作業を自動化するが、システムの本質的な設計、品質基準の設定、長期的な保守性の担保といったエンジニアリング判断は、依然として人間の領域に残る。
PMBOK第7版が示すように、もはや「成果物を納品する」時代ではない。 「価値を提供する」時代だ。 しかし、この本質的な変化を理解し、実践できる人材は圧倒的に不足している。
ベトナムIT業界で起きている本当の変化
「道具」の習得と「思想」の欠如
確かに、ベトナムのエンジニアは技術的なキャッチアップを続けている。 JavaScriptからPython、ReactからNext.jsまで、最新のフレームワークや言語を次々と習得している。 しかし、これは大工が新しい電動工具の使い方を覚えたに過ぎない。
問題は、その道具を使って何を作るべきか、なぜそう作るべきかという「設計思想」が決定的に欠けていることだ。
二極化の本質
ベトナムのオフショア企業は今、真の意味で二極化している。
生き残る企業は「なぜこの設計なのか」を説明でき、ビジネス価値から逆算して技術を選択する。 コードの向こう側にいるユーザーを常に意識し、5年後、10年後の保守を考慮した実装を行う。
一方、淘汰される企業は「仕様書通りに作る」ことしかできず、最新技術の表面的な使用に留まる。 納品したら終わりという発想で、品質より納期を優先する文化から抜け出せない。
この差は、もはや教育や研修では埋められない。 エンジニアリング思想という「文化」の問題だからだ。
日本が失ったものの大きさ
エンジニアリング文化の断絶
1990年代に現場で鍛えられた世代は、コードレビューで叱られ、システム障害で冷や汗をかき、顧客からの厳しいフィードバックを受けながら、エンジニアリング思想を体得した。
しかし2000年代以降、この「修行」の場は失われた。 実装はオフショアに出し、日本側は管理に専念。 結果、エンジニアリング文化の継承が途絶えた。
製造業で起きている「職人技の喪失」と全く同じ構造だ。 しかしITの職人技は目に見えない分、より深刻だ。
最後の世代が持つ暗黙知
エンジニアリングを知る最後の世代が持つのは、マニュアル化できない暗黙知だ。 彼らはコードの「におい」を嗅ぎ分ける感覚を持ち、将来の拡張を見越した設計の勘所を知っている。 「動くけど危険」なコードを一目で見抜き、チーム開発における阿吽の呼吸を自然に実践する。 これらは座学では絶対に身につかない。 現場での失敗と成功の積み重ねからしか生まれない能力だ。
新しい開発モデルの可能性
エンジニアリング・ルネサンス
逆説的だが、AIの登場はエンジニアリング思想の価値を再発見する契機となる。
AIが得意とするのは定型的なコードの生成や既存パターンの応用、バグの検出と修正提案といった作業だ。 過去の膨大なコードから学習し、最も確率の高いパターンを提示することには長けている。
しかし、人間にしかできないのはシステム全体の設計哲学を構築し、ビジネス価値を技術へと翻訳することだ。 さらに、技術選択がもたらす倫理的・社会的影響を考慮し、前例のない問題に対して創造的な解決策を生み出すことも、人間の領域に留まる。
つまり、真のエンジニアは「AIを指揮する設計者」として、より高次の役割を担うことになる。
ベトナム人材への期待と現実
ベトナムには優秀な若手エンジニアが多い。 彼らは学習意欲が高く、新技術への適応も速い。 しかし、彼らに最も必要なのは、新しいフレームワークの習得ではない。 エンジニアリング思想の獲得だ。
問題は、それを教えられる人材が日本にもベトナムにもほとんどいないことだ。
残された時間
2030年問題
経済産業省の予測では、2030年には最大79万人のIT人材が不足する。 しかしこれは「頭数」の話だ。 真の問題は、エンジニアリング思想を持つ人材の枯渇だ。
1990年代に20代だった最後のエンジニアリング世代は、2030年には60代。 彼らが引退すれば、日本のエンジニアリング文化は完全に失われる。
継承のラストチャンス
今こそ、エンジニアリング思想の言語化が必要だ。 暗黙知を形式知に変換し、失敗事例からの学びを体系化し、設計判断の根拠を文書化する努力が求められる。
同時に、実践的な継承の場を創出しなければならない。 ペアプログラミングによる思想の伝達、コードレビューを通じた価値観の共有、実プロジェクトでのメンタリングなど、生きた知識の継承が不可欠だ。
さらに、新しい評価基準の確立も急務だ。 コード量ではなく設計品質を評価し、短期的な納期より長期的な保守性を重視し、単純な技術力より問題解決能力を評価する文化への転換が必要だ。
結論:エンジニアリングの復権、あるいは日本IT業界の終焉
オフショア開発の25年は、日本のIT業界にとって「失われた25年」だった。 コスト削減と引き換えに、最も大切なエンジニアリング文化を失った。
しかし、AIという黒船の到来により、真のエンジニアリング能力の価値が再認識されつつある。 問題は、その能力を持つ人材があまりにも少なく、継承する時間があまりにも短いことだ。
次の25年を「エンジニアリング復権の25年」にできるか。 それは、今この瞬間の選択にかかっている。
「仕様書通りに作る」時代は終わった。 「なぜ作るのか、どう作るべきか」を考える時代が始まる。
その準備ができている企業と人材だけが、次の時代を生き残る。
だから、日本企業は消えゆくしかないのだ。
エンジニアリングを教える人もいない。 学ぶ機会もない。 管理しかできない中間層。 仕様書しか書けない上流工程。 品質を判断できない経営層。
これが、25年間の安易な選択がもたらした必然的な結末だ。
残された道は二つ。 今すぐエンジニアリング文化の再構築に全力を注ぐか、静かに衰退を受け入れるか。
しかし、前者を選ぶ企業がどれだけあるだろうか。