レガシーシステムという名の共犯関係 - 25年前のシステムが今も稼働する日本の現実
よくある質問 (FAQ)
「2025年の崖」とは何ですか?
なぜCOBOLを学ぶ若者がいないのですか?
日本企業がレガシーシステム問題に対処できない理由は?
日本のAI活用が進まない現状とは?
レガシーシステム問題は技術の問題ですか?
レガシーシステムという名の共犯関係 - 25年前のシステムが今も稼働する日本の現実
2025年の崖を前に、なぜ誰も本気で変わろうとしないのか
25年前のグループウェアが今も現役で稼働する国
とある知人から聞いた話がある。 25年前に開発されたグループウェアが、今も自宅の自作サーバーで動き続けているという。 FLET’S回線とタワーマシンという、まるで2000年代初頭で時が止まったかのような環境で、複数の企業や団体がこのシステムに依存している。
開発者は一人。 20代で起業し、今は50歳前後。 東日本大震災の計画停電でシステムが止まったこともあるが、それでも顧客は離れない。 なぜなら、月々の利用料は安く、「今まで問題なかった」からだ。
一人が食べていけるだけの売上があり、顧客も現状に満足している。 まさに「ゆでガエル状態」の典型例だ。
「2025年の崖」という空虚な警告
経済産業省は2018年、「DXレポート」で衝撃的な数字を発表した。 レガシーシステムを使い続けることで、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が発生するという「2025年の崖」だ。
しかし、この警告から6年以上が経過した今、何が変わっただろうか。 調査によると、約8割の企業が依然としてレガシーシステムを抱えている。 90%の企業にレガシーシステムが存在し、そのうち約27%は「ほとんどがレガシーシステム」だという。
警告は発せられた。 しかし、誰も本気で耳を傾けていない。
大手も中堅も、みんな同じ穴の狢
この問題は小規模事業者だけの話ではない。 中堅SIerでは、COBOLやVBといった古い言語を扱える技術者は高齢化し、若手は誰も学ぼうとしない。
**なぜCOBOLを学ぶ若者がいないのか。 答えは簡単だ。 金にならないからだ。 レガシーシステムの保守は、新規開発に比べて単価が低く、キャリアパスも見えない。 誰が好き好んで、将来性のない技術に時間を投資するだろうか。 **
**本来なら、90年代にこの問題に手を付けるべきだった。 当時ならまだ、70年代にシステム開発をしていたエンジニアが現役だった。 彼らの知識を活かして、計画的な移行ができたはずだ。 しかし、バブル崩壊後の日本企業は投資を控え、「動いているシステムに手を加える必要はない」と先送りを続けた。 その結果が、今日の負の遺産だ。 **
IT人材不足は2025年までに約43万人に達すると予測されているが、その多くはレガシーシステムの保守・運用に割かれている。 貴重な人材が、過去の遺物の延命措置に費やされているのだ。
共犯関係という名の心地よい停滞
なぜこの状況が続くのか。 それは、事業者と顧客が作り出す「共犯関係」にある。
事業者側は「顧客が使い続ける限り、システムを維持しなければならない」と言い、顧客側は「今まで問題なかったから、高いコストをかけて刷新する必要はない」と言う。 両者とも変化のリスクを恐れ、現状維持を選択する。
この関係性は、まるで互いに首を絞め合いながら「でも、今は息ができているから大丈夫」と言い合っているようなものだ。
世代交代という名の技術断絶
私自身、90年代に開発したソフトウェアを15年以上メンテナンスし続けた経験がある。 「ソフトウェアの介護」とでも言うべき、終わりの見えない保守作業。 ピーク時にある大手企業から買収オファーがあったが、若さゆえの過信で断ってしまった。
今思えば、あれが最後のチャンスだった。 その後、会社は清算、個人破産に至った。
同じような運命を辿る事業者は、これから続出するだろう。 50代、60代の開発者が引退すれば、そのシステムは「孤児」となる。 引き継ぐ者はいない。 学ぶ価値もない古い技術に、若者が時間を費やすはずがない。
DXという名の幻想
「2025年の崖」への対策として、政府も企業も「DX」を叫ぶ。しかし、その実態はどうか。 多くの場合、単なるレガシーシステムのクラウド移行や、見た目だけのモダナイゼーションに終わっている。
本質的な業務プロセスの変革や、ビジネスモデルの転換には至らない。 なぜなら、それは痛みを伴う変化だからだ。 誰もが痛みを避け、表面的な対応で済ませようとする。
この姿勢は、日本のAI活用の低さにも如実に現れている。 世界中でChatGPTやClaudeが業務プロセスを根本から変えている中、日本企業の多くは「AIを試験的に導入しました」というプレスリリースを出して満足している。
AIチャットボットを導入しても、結局は従来のFAQを載せただけ。 画像認識AIを導入しても、人間の目視検査は残したまま。 なぜか?「AIは100%じゃないから」「最終的には人間の判断が必要」という言い訳で、既存の業務フローを温存する。
本来、AIは人間の仕事を置き換えるものではなく、仕事のやり方そのものを変革するツールだ。 しかし日本企業は、AIを既存業務の「お手伝いツール」程度にしか見ていない。 だから生産性も上がらないし、イノベーションも起きない。
SIerは「DX支援」「AI導入支援」と称して、結局は従来と同じ人月商売を続ける。 顧客企業は「DXに取り組んでいる」「AIを活用している」というアリバイ作りに満足する。 誰も本気で変わろうとはしない。
皮肉なことに、AIこそがレガシーシステムからの脱却を加速させる最強のツールになり得るのに、そのAIすら表面的にしか使えない。これが日本の現実だ。
むしろ加速する停滞という病理
この記事では、日本のIT業界に蔓延するレガシーシステム問題を通じて、この国の本質的な病理を浮き彫りにした。 25年前のシステムが今も稼働し、誰もそれを問題視しない。 6年前から警告されている「2025年の崖」に、誰も本気で向き合わない。
技術の問題ではない。 マインドセットの問題なのだ。 変化を恐れ、リスクを避け、現状維持を美徳とする文化。 そして何より、「今まで大丈夫だった」という呪文に縛られ続ける国民性。
しかし、これは単なるIT業界の問題ではない。 日本社会全体を覆う「ゆでガエル症候群」の一例に過ぎない。 警告は発せられ、解決策も示される。 しかし、誰も本気で耳を傾けない。 そして危機が現実になってから「想定外だった」と言い訳する。
このパターンは、IT業界以外でも繰り返されている。 なぜ日本は、同じ過ちを繰り返すのだろうか。 なぜ警告を聞かず、変化を拒み続けるのだろうか。
その答えは、もう一つの視点から見えてくる。