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業界洞察

日本式無責任体制の正体 - 40年間見続けた「ゆでガエル」たちの末路

日本式無責任体制の正体 - 40年間見続けた「ゆでガエル」たちの末路のイメージ

よくある質問 (FAQ)

日本式無責任体制とは何ですか?

警告する者はいるが聞く者はいない、そして問題が顕在化してから「なぜもっと早く教えてくれなかったのか」と騒ぎ立てるパターンです。インボイス制度の例では、何年も前から決まっていたにもかかわらず、施行直前になって騒ぎ出しました。誰が悪いのか?誰も悪くない、そして全員が悪い。これが日本式の無責任体制です。

なぜ日本は同じ過ちを繰り返すのですか?

根本的な問題は学習能力の欠如です。早期警告システムは機能しているのに、誰もその警告を聞こうとしません。聞いても行動に移さない。そして問題が顕在化してから「想定外だった」と言い訳をします。このパターンを何度も繰り返し、同じ過ちを犯し続けるのが日本の現状です。

ゆでガエル症候群とは何ですか?

温度が少しずつ上がっていることに気づかず、気づいた時にはもう手遅れという状態を表す比喩です。日本社会では、「今まで大丈夫だった」という言葉がこの国を滅ぼす呪文となっており、レガシーシステム、インボイス制度、AI活用の遅れなど、あらゆる分野でこの症候群が見られます。

著者が「ゆでガエル」を繰り返し使う理由は?

40年間日本を見続けてきた結果、どの問題も根っこが同じだからです。レガシーシステム、AI活用の遅れ、インボイス制度、教育システム、中小企業の経営、IT業界の構造…あらゆる場面で同じメタファーを使い続けるのは、それが日本社会を最も適切に表現する言葉だからです。

58歳エンジニアの著者が若い世代とつながろうとする理由は?

同世代の多くは定年を迎え、第一線から退いていくからで、彼らの価値観はITとは無関係でもはや合わないからです。この国が変わる可能性があるとすれば、レガシーシステムという重荷を背負わず、最初からクラウドネイティブで考えられる世代、AIを当たり前のツールとして使いこなす世代に最後の希望を託したいからです。

日本式無責任体制の正体 - 40年間見続けた「ゆでガエル」たちの末路

インボイス制度が教える、この国の絶望的な学習能力

日本式無責任体制の構造

インボイス制度を見ればわかる。 導入は何年も前から決まっていた。 商工会議所は早くから問題を指摘し、会員に警告を発していた。 しかし、誰も聞く耳を持たなかった。 フリーランスたちが騒ぎ出したのは施行直前。 もはや手遅れのタイミングで声を上げても、制度は粛々と施行された。

誰が悪いのか?誰も悪くない。 そして、全員が悪い。 これが日本式の無責任体制だ。 警告する者はいる。 しかし聞く者はいない。 そして問題が顕在化してから騒ぎ立てる。 「なぜもっと早く教えてくれなかったのか」と。 教えていたのに、聞いていなかっただけなのに。

レガシーシステムも同じだ。 「2025年の崖」は6年前から警告されている。 しかし2025年になって初めて「こんなはずじゃなかった」と言い出すだろう。 そして誰も責任を取らない。

この構造は、IT業界に限った話ではない。 この国のあらゆる分野で繰り返される、絶望的なパターンなのだ。

世界から取り残される日本という現実

世界はAIとクラウドネイティブの時代に突入している。 スタートアップは最初からサーバーレスで構築し、レガシーという概念すら持たない。 一方、日本は25年前のシステムを「安定稼働している」と誇らしげに語る。

この差は、もはや埋めようがない。 技術の問題ではない。 マインドセットの問題だ。 変化を恐れ、リスクを避け、現状維持を美徳とする文化が、この国のIT業界を蝕んでいる。

「今まで大丈夫だった」という言葉が、この国を滅ぼす呪文だ。 レガシーシステムも、インボイスも、すべては同じ病理の現れに過ぎない。

VPSの料金が高いと言って自宅サーバーを使い続ける事業者。 レガシーシステムでも動いているからと変更を拒む顧客。 人月商売から脱却できないSIer。 表面的なDXで満足する大企業。

みんなが「ゆでガエル」であることに気づいていながら、誰も鍋から飛び出そうとしない。 警告は発せられ、解決策も示される。 しかし、誰も本気で動こうとしない。

あとがき:なぜ私は「ゆでガエル」を繰り返すのか

読者の皆さんは気づいているかもしれない。 私のブログには、しつこいほど「ゆでガエル」という表現が登場する。 レガシーシステム、AI活用の遅れ、インボイス制度、教育システム、中小企業の経営、IT業界の構造… あらゆる場面で、私は同じメタファーを使い続けている。

これは意図的ではなかった。 むしろ、40年間この国を見続けてきた結果として、自然にそうなってしまったのだ。

どの問題も、根っこは同じだからだ。

そして結論もいつも同じ。 悲観的で、救いがない。 「この国は変わらない」「もう期待するのをやめた」。 読者からすれば「またか」と思われても仕方がない。

しかし、これこそが日本という国の本質なのだ。

40年経っても課題解決できない国や業界に、未来が見出せるわけがない。

絶望的な学習能力の欠如という病理

私が繰り返し「ゆでガエル」を使うのは、それが日本社会を最も適切に表現する言葉だからだ。 温度が少しずつ上がっていることに気づかず、気づいた時にはもう手遅れ。 そんな状況があまりにも多すぎる。

この国の根本的な問題は、学習能力の欠如だ。 同じパターンを何度も繰り返し、同じ過ちを犯し続ける。 そして毎回「想定外だった」と言い訳する。

早期警告システムは機能している。 問題は、誰もその警告を聞こうとしないことだ。 聞いても、行動に移さないことだ。 そして問題が顕在化してから「なぜ教えてくれなかったのか」と責任転嫁することだ。

  • これが、私が40年間見続けてきた日本の姿だ。
  • だから、私の記事は悲観的になる。
  • だから、同じような結論になる。
  • だから、「ゆでガエル」を繰り返し使ってしまう。

58歳エンジニアの現実逃避と最後の希望

私は現在58歳。 35年以上の技術経験を持ちながら、以前の人脈をすべて捨て、LinkedInで若い世代とつながろうとしている。 なぜなら、同世代の多くは定年を迎え、第一線から退いていくからだ。 そして何より、彼らの価値観はITとは無関係で、もはや私とは合わない。

私はもう、この国のIT業界に期待することをやめた。 AI拡張型開発という新しい手法で、新しい世代と共に歩んでいく。 古い価値観にしがみつく者たちは、レガシーシステムと共に沈んでいけばいい。

しかし、若い世代も同じ轍を踏むのではないかという不安がある。 日本の教育システムは、依然として従順で言われたことだけをやる人材を育成している。 自分で考え、リスクを取り、変化を恐れない人材を育てているとは言い難い。

AIが世界を変えている今、日本の若者は相変わらず「就活」に励んでいる。 大企業の内定を取ることが人生の目標であるかのように。 スタートアップで世界を変えようという気概はない。 安定を求め、変化を恐れる。 これでは、結局同じことの繰り返しになってしまう。

それでも、私が若い世代とつながろうとするのは、最後の希望を託したいからだ。 この国が変わる可能性があるとすれば、それは彼らにかかっている。 レガシーシステムという重荷を背負わず、最初からクラウドネイティブで考えられる世代。 AIを当たり前のツールとして使いこなす世代。

彼らなら、この国の「ゆでガエル症候群」から脱却できるかもしれない。 40年間変わらなかった病理を、ついに断ち切ってくれるかもしれない。 そう信じたいのだ。

この国はもはや泥船なのか?

しかし、現実は厳しい。 日本は、世界からどんどん取り残されていく。 技術格差は拡大し続け、もはや追いつくことは困難になっている。 それでも、この国は変わらないだろう。

「今まで大丈夫だった」という呪文を唱え続けながら、ゆっくりと沈んでいく。 それが、私が40年間見続けてきた日本の姿だ。 そして、それが変わることはないだろう。

現実がそうなのだから、仕方がない。