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技術文化史

失われた品質基準:技術国家敗戦の記録 第4部 - 現在への教訓と絶望的状況の分析

失われた品質基準:技術国家敗戦の記録 第4部 - 現在への教訓と絶望的状況の分析のイメージ

よくある質問 (FAQ)

2025年現在の日本IT業界の状況はどのようなものですか?

IT人材不足は約43万人まで拡大し、大企業の6割が21年以上のレガシーシステムを抱えています。製品出荷後の設計問題の発生率は15.8%に達し、そのうち55.3%がソフトウェアの不具合に起因しています。このまま行けば、年間12兆円の経済損失が予測されています。

オフショア開発の実態はどうなっていますか?

ベトナムオフショア開発では「スケジュール遅延」「バグの量が多く品質が悪い」「作り直しとなりコスト高」といった失敗事例が頻発しています。日本の品質基準を満たせない成果物が次々と納品され、「安かろう悪かろう」に疲弊する企業が増え続けています。90年代以降、品質管理技術者の育成を怠ったツケが回ってきたのです。

日本が技術国家として敗れた構造的な三重苦とは?

1. 技術を知らない経営者(品質への投資を「コスト」としか見ない、四半期決算がすべて)、2. 実装を知らない管理職(PMBOKの資格は持っているが、なぜそのコードが危険なのかは分からない)、3. 摩耗したエンジニア(会社に使い潰され、向上心は枯れ果てた。新技術を学ぶ気力も時間もない)。この三層すべてに希望がない状態です。

筆者はなぜ日本企業にエンジニアリングの復活はないと考えているのですか?

技術を知らない経営者は品質への回帰を「時代の逆行」と断じ、実装を知らない管理職は失敗の責任を恐れて現状維持に固執し、摩耗したエンジニアたちは疲弊しているからです。日本企業は変わらないだろうと述べています。

筆者が記録を残す理由は何ですか?

1990年代の品質基準を知る最後の世代として、その実像を記録する責任があるからです。なぜ日本が技術国家として敗れたのかを正確に記録する責任。これは希望ではなく責任だと述べています。

筆者は現在どのような活動をしていますか?

58歳でAI拡張型開発という武器を手に、一人親方の会社として生き残っています。同世代がもうすぐ定年で第一線から退く中、以前の人脈は捨てて、新しく東京にて若い世代とつながる機会を模索しています。大企業の中で朽ちていくより、一人でも品質基準を守り続けています。

若い世代へのメッセージは何ですか?

共感できなくてもいいが、品質が当たり前だった時代があったことを知ってほしい。これがかつての日本に存在した品質文化だったという事実を伝えたいと述べています。

第3部「2000年代エンジニアリング空洞化の始まり」では、オフショア開発の本格化とSIerのソリューションビジネス転換により、エンジニアリング能力の継承が断絶した実態を記録した。

第4部では、2025年現在の絶望的状況を検証し、技術国家敗戦から学ぶべき教訓を述べる。

2025年:検証された絶望

現在、私は58歳。 AI拡張型開発という武器を手に、一人親方の会社として生き残っている。

データが示す業界の崩壊

経済産業省や各種調査が示す事実は深刻だ。 IT人材不足は約43万人まで拡大し、大企業の6割が21年以上のレガシーシステムを抱えている。 製品出荷後の設計問題の発生率は15.8%に達し、そのうち55.3%がソフトウェアの不具合に起因している。 このまま行けば、年間12兆円の経済損失が予測されている。

オフショア開発の実態

ベトナムオフショア開発の現実は、私が2000年代に予感した通りになっている。 「スケジュール遅延」「バグの量が多く品質が悪い」「作り直しとなりコスト高」といった失敗事例が頻発している。 日本の品質基準を満たせない成果物が次々と納品され、「安かろう悪かろう」に疲弊する企業が増え続けている。

90年代以降、品質管理技術者の育成を怠ったツケが、今になって回ってきたのだ。 エンジニアリングを理解できる人材がいないまま、オフショアに丸投げした結果がこれだ。

なぜ日本は敗れたのか

構造的な三重苦

1. 技術を知らない経営者 品質への投資を「コスト」としか見ない。 四半期決算がすべて。

2. 実装を知らない管理職 PMBOKの資格は持っている。 だが、なぜそのコードが危険なのかは分からない。

3. 摩耗したエンジニア 会社に使い潰され、向上心は枯れ果てた。 新技術を学ぶ気力も時間もない。

この三層すべてに希望がない。 これが敗戦の構造だ

日本はすでに死んでいる

私は確信している。 日本企業にエンジニアリングの復活はない。

しかし、日本企業は変わらないだろう。 技術を知らない経営者は、品質への回帰を「時代の逆行」と断じる。 実装を知らない管理職は、失敗の責任を恐れて現状維持に固執する。 そして摩耗したエンジニアたち。

日本はすでに死んでいる。

それでも私が記録する理由

だから私は一人会社を選んだ。 同世代はもうすぐ定年で、第一線から退く。 以前の人脈は捨てて、新しく東京にて若い世代とつながる機会を模索している。

大企業の中で朽ちていくより、一人でも品質基準を守り続ける。

これは希望ではない。 責任だ。

1990年代の品質基準を知る最後の世代として、その実像を記録する責任。 なぜ日本が技術国家として敗れたのかを、正確に記録する責任。

少なくとも、私が関わるプロジェクトでは、かつての品質基準がまだ生きている。 それが、滅びゆく技術国家で最後に旗を掲げる者の矜持だ。

若い世代へ

共感できなくてもいい。 だが、これが当たり前の時代があった。 これが、かつての日本に存在した品質文化だった。

以上が、1990年代を知る老エンジニアの記録である。