「まだ実装なんてしてるの?」という日本IT業界の病理:40年現役エンジニアが見た構造的問題
よくある質問 (FAQ)
なぜ日本のIT業界では実装経験者が管理・営業に流出するのですか?
40年前から予測されていた開発人材不足が改善されない理由は何ですか?
「まだ実装なんてしてるの?」という発言の背景にある心理とは?
AI時代において実装経験はなぜ重要なのですか?
フルスタック・ベテランエンジニアが希少になった理由は?
実装を理解しない設計者が作る設計書の問題点は?
日本IT業界の技術継承断絶がもたらす損失とは?
AI拡張型開発時代に求められる技術者の姿とは?
初対面のSES会社社長の一言が示す構造的問題
初対面のSES会社社長に名刺交換で言われたひとこと「まだ実装なんてしてるの?」
この一言に、日本のIT業界が抱える深刻な構造的問題が凝縮されている。57歳になった今も現役で設計・実装を続けている私に向けられたこの言葉は、単なる個人的な価値観の相違ではない。日本のIT業界全体を蝕む病理の症状だ。
しかし、なぜこのような価値観が生まれるのだろうか。そして、なぜSES業界の人々は実装を軽視するのだろうか。この疑問を解くために、日本IT業界の構造を掘り下げてみよう。
実装から離れることが「出世」という倒錯
1980年代から40年以上、制御系、Windowsアプリ、Webシステム、スマホアプリ、そして現在のAI実装まで、私は一貫して設計と実装の最前線に立ち続けてきた。大企業の厳しい要求仕様も、自社製品のエンドユーザーからの直接のクレームもすべて現場で解決してきた。「社長を出せ!」と言われれば電話に出た。「お前のソフトをインストールしたらPCが壊れた!」という客に「電源コードは挿さっていますか?」と回答すれば「そんなの、当たり前…」で電話を切られたこともあった。
納期遅延はほとんどない。偽の仕様書を提供された時はさすがに守れなかったが。すでに炎上しているプロジェクトに途中参加した時は、「納期」の定義を現実的に再設定した。カットオーバーにはなんとか動くものを納品し、その後バグを潰していく。完璧を求めず、動くものを作り、改善し続ける。これも実装を理解しているからこそできる判断だ。
しかし、日本の多くの企業では、このような技術者は40代で「卒業」することが期待される。実装は若手の仕事、ベテランは管理か営業へ。これが日本IT業界の「常識」だ。
設計人材不足という40年来の未解決問題
興味深いことに、通産省は40年前から開発人材不足を予測していた。しかし2025年の現在、状況は改善されるどころか悪化している。なぜか。
理由は明確だ:
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実装経験者が管理・営業に流出する構造
- 評価制度が「手を動かす」仕事を下流工程扱い
- 技術スペシャリストより管理職の給与が高い
- PMBOKなど管理手法偏重の時代があった
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独学フリーランスの増加
- チーム開発経験なし
- 体系的な設計理論の欠如
- 納品できない案件の頻発
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オフショア依存による空洞化
- ブリッジSEばかりで実装者不在
- 設計ノウハウの継承断絶
- 現場感覚の喪失
希少種となったフルスタック・ベテランエンジニア
複数の技術世代を横断し、自社製品開発と受託開発の両方で実績を持ち、40年以上現役で設計・実装を続ける技術者。このような人材は日本にどれだけいるだろうか。
答えは「ごく一握り」だ。
転職エージェントですら、この価値を理解できない。彼らの評価基準は「最新のキーワード」「年齢」「前職の企業名」に偏る。40年の実装経験より、「React経験3年」の方が評価される矛盾。しかしAI拡張型開発の時代に、特定技術の経験年数を問うこと自体がナンセンスだ。
「元エンジニア」を標榜するHRエージェントなど、最先端実装の前では何の意味も持たないことを、AIがさらけ出す。興味深いことに、SESに携わる人たちはAIを見て見ぬふりをする。なぜだろうか?彼らのビジネスモデルと、AI時代の実装のあり方には、何か根本的な相容れなさがあるのかもしれない。
日本IT業界が失っているもの
実装を理解せずに設計したときの手戻りの多さは悲惨だ。20年前、実装から請けた仕事を手伝った際の話だが、途中から設計書が理解できなくなった。処理の流れがつながらない。なぜか?画面が一つ抜けていたのだ。まるでドラマの第3話を観ずに第4話の話をされたような状態だった。
この程度のレビューもせずに設計書を投げられた。この頃すでにオフショアが普及し始め、エンジニアの劣化を肌で感じていた。実装経験のない設計者が机上で作った設計書は、現場で使い物にならない。
この構造がもたらす損失は計り知れない:
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技術継承の断絶
- 設計ノウハウが属人化し、退職とともに消失
- 若手は独学で車輪の再発明を繰り返す
- 品質・生産性の低下
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イノベーション力の喪失
- 実装を知らない管理者による的外れな意思決定
- 技術的実現可能性を無視した要求仕様
- 現場からのボトムアップ改善の欠如
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国際競争力の低下
- 実装力を重視する海外企業との格差拡大
- DX推進の実質的な失敗
- AI時代への適応の遅れ
結論:実装を軽視する文化の裏にあるもの
57歳の今も、私は毎日コードを書く。正確に言えば、AIにコードを書かせ、レビューし、AIが勘違いしている時は指導する。AI拡張型開発だ。それは「まだ」ではなく「今も」最新の開発手法で実装に関わっているということだ。React3年?AIに任せればReact10年と同等だ。経験年数を求めてる時点で、もう時代遅れなのだ。
「まだ実装なんてしてるの?」という価値観が支配的な限り、日本のIT業界に未来はない。
しかし、ここまで分析してきて、一つの仮説に辿り着いた。この言葉を発する人々は、実は何かを恐れているのではないか。人月商売で成り立つSES業界、経験年数マッチングに依存する転職エージェント、管理・営業に逃げたベテランSE。彼らに共通するのは、AI拡張型開発という新しい波に飲み込まれることへの恐怖だ。
「まだ実装なんてしてるの?」という言葉は、実装を過去のものとして否定することで、自分たちの立場を守ろうとする防衛機制ではないか。AIが実装を担い、本質的な技術理解と設計能力だけが問われる時代に、彼らのビジネスモデルや価値観は崩壊する。だからこそ、実装を続ける者を否定せずにはいられない。
必要なのは:
- 技術スペシャリストを正当に評価する制度
- 実装経験を持つベテランの知見を活用する仕組み
- 設計・実装スキルの体系的な継承システム
- AI拡張型開発時代の本質的な技術力の理解
実装から離れることが成功ではない。実装し続けることこそ、真の技術者の姿だ。そして、実装を否定する人々の言葉の裏にある恐怖という仮説が正しければ、彼らこそが時代から取り残されていく運命にある。この構造を理解することが、日本IT業界の病理を解く鍵となるだろう。