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エンジニアリング技術的負債と現実のジレンマ:現場から見たエンジニアリングの葛藤

エンジニアリングの世界では、「動くコード」と「良いコード」は全く異なるものです。 前回の記事では、データベース設計を例に「動くだけのコード」と「保守可能なコード」の違いについて解説しました。 今回は、エンジニアとして直面する現実的な課題と、その対応について考えてみましょう。
現場から:技術的負債の現実
実際の現場で遭遇した例を挙げましょう。あるシステムで次のような無駄な処理が放置されていました:
- データの一覧表示時に、関連テーブルと結合してIDを名前に変換する処理
- その後、表示時に再度IDを使って各マスターから名称を取得して表示する処理
同じ変換処理を二重に行うこの実装は、単にデータベースに無駄な負荷をかけているだけではありません。 これは明らかな技術的負債です。
なぜこのような実装になったのでしょうか?
推測するに、最初は結合を使った実装だったものの、何らかの問題が発生し、表示のアルゴリズムを変更したのでしょう。 しかし、「既存のSQLは動いているから触りたくない」「修正が面倒だから」という判断で、古い実装を放置したものと思われます。
今回、私が出くわしたのも、まさに同じ例です。
「仕事が早い」エンジニアの実態
仕事が早いと評判の人のプログラムが、動くことだけを優先して、非常に汚いコードだったという話をいくつも聞いたことがあります。将来のことを考えず、再利用化も共通化も考慮せず、ひたすらコピペを繰り返し、直線的で場当たり的なコードを書くが、納期を守るし仕事が早いので、技術が分からない上司には非常にウケが良い。しかし、その人物のコード保守を任された人は、とてつもなく苦労するにもかかわらず、技術が分からない上司はその原因は保守を担当したエンジニアの技量不足とみなすため、多くのエンジニアが迷惑しています。
同じような問題に、コメントを全然書かないというのもあります。コメントがない場合、コードの意図を理解するのに余計な時間がかかり、保守性が大きく損なわれます。
理想と現実のジレンマ
このような状況に遭遇したとき、エンジニアとしての理想は明確です。 技術的負債は早期に解消し、コードの品質を維持する責任があり、将来の保守性を考慮すべきです。
しかし、現実はより複雑です。 動作している製品コードの修正には大きなリスクが伴い、すべての機能を再テストする必要があります。 そのためのコストを誰が負担するのか、また、契約の範囲外の作業として正当化できるのかという問題に直面します。
特に受託開発の現場では、「技術的負債の解消」という理由だけでは、追加のコストを正当化することは極めて困難です。 発注者からすれば、「動いているものをなぜ変更する必要があるのか?」という疑問は当然のものでしょう。
現実的な結論と未来への希望
心苦しい結論ですが、このような状況では、技術的負債を認識しつつも、あえて放置するという判断が現実的な選択となることがあります。
理想を追求するエンジニアとしては胸が痛みます。 しかし、ビジネスの現場では、完璧な技術的解決策よりも、現実的な妥協が必要となることも少なくないのです。
正直なところ、これまでこの問題の現実的な解決策はありませんでした。しかし生成AIの登場により、状況は大きく変わりつつあります。読みやすく、コメントも完璧なコードを、「仕事が早い」が汚いコードを書くエンジニアよりもはるかに高速に作成することが可能になりました。
これからは生成AIを適切に活用し、美しくメンテナンス性の高いプログラムを作り上げるエンジニアが評価されるに違いありません。AIツールを使いこなすスキルが、「早く動くコードを書く」能力以上に価値を持つ時代が来ているのです。
この経験を糧として、新規開発時には同じ過ちを繰り返さないよう、より良い設計と実装を心がけることが、私たちにできる最善の対応かもしれません。
エンジニアリングの本質
エンジニアリングの本質は、単に「動くコード」を書くことではありません。 実務のシステムは長期間保守され、複数の開発者が関わり、要件は常に変化します。 また、パフォーマンスも重要な要素となります。
そのため、私たちは常にシンプルさを追求する必要があります。 複雑さは保守性の敵であり、不必要な抽象化は避けるべきです。 コードの意図は常に明確であるべきです。
また、適切な技術の選択も重要です。 データベースの機能を活用し、標準的な解決策を優先することで、効率的な開発が可能になります。 車輪の再発明は避け、既存の優れた解決策を活用すべきです。
将来への配慮も忘れてはいけません。 保守性の確保、拡張性への考慮、そして適切なドキュメント化は、長期的な開発の成功に不可欠な要素です。
まとめ:エンジニアリングの価値と現実
良いエンジニアリングは、確かに短期的には多少の手間がかかるかもしれません。 しかし、それは長期的には必ず価値のある投資となります。 特に、適切なネーミングは非常に重要です。 システムにドキュメントがない場合、コード自体が文書としての役割を果たさなければなりません。 そのため、テーブルやカラムの名前は、その目的や役割が明確に分かるものでなければならないのです。
「動くから良い」のではなく、「保守できるから良い」という考え方こそが、プロフェッショナルなエンジニアリングの基本です。 名前一つをとっても、それが後の保守性に大きく影響することを忘れてはいけません。
データベース設計に限らず、すべてのソフトウェア開発において、この原則は変わりません。 私たちは常に、目の前の実装が「動くコード」なのか、それとも「良いコード」なのかを考える必要があるのです。 そして、その判断の重要な基準の一つが、コードの意図が名前から明確に読み取れるかどうかなのです。
なんとも、もやもやしますが、これが現実なんです。しかし、AIの時代という新しい風が吹き始めた今、未来に向けた変化の兆しも見えています。