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技術革新

情弱を実感した瞬間 〜 AIが変える情報格差の未来

情弱を実感した瞬間 〜 AIが変える情報格差の未来のイメージ

あの日のタクシー乗り場で

寒さが骨身に染みる冬の夕暮れ、突然空から白い結晶が舞い始めた。 駅前のタクシー乗り場で、私は肩を縮めながら次のタクシーを待っていた。

雪が降り出したせいか、私と同じようにタクシーで帰ろうとする人が列をなしていた。 数台のタクシーが来ては去り、徐々に私の番が近づいてきた。 しかし、二台ほど人を乗せると、タクシーの姿はぱったりと見えなくなった。

私の前に並んでいた老婆が小さなため息をついた。

「タクシー、来ないわねぇ。これじゃあ待っていても無駄かもしれないわ」

この辺りでは「GO」というステッカーを貼ったタクシーをよく見かける。 私はスマートフォンを取り出し、GOのアプリを起動した。 画面には確かに駅に向かって走っているタクシーの姿が映っていた。 あと1、2分で到着するだろう。

「大丈夫ですよ。もうすぐタクシーが来ますよ」と私は老婆に声をかけた。

しかし老婆は眉をひそめて首を振った。

「そんなことないわよ。タクシーなんて、これじゃ全然来ないわよ」

そう言うと、老婆はふいに列の先頭から離れ、駅の方へ歩き始めた。

「もうすぐ来るのに…」

そう思った瞬間、曲がり角からタクシーのヘッドライトが見えた。 私は反射的に老婆の方を振り返り、声をかけようとした。 しかし、彼女の背中はすでに遠ざかり、タクシーへの関心は完全に失われていたようだった。

こうして私は、ほとんど待つことなくタクシーに乗り込むことができた。 暖かい車内に身を沈めながら、窓の外を見る。 雪は一層激しく降り始め、老婆の姿はすでに見えなくなっていた。

二つの気づき

このシンプルなエピソードから、私は二つの重要な気づきを得た。

一つ目は、「情弱ってこういうことか」という直接的な実感だ。 同じタクシー乗り場に立っていても、スマホアプリを通じて得られる情報の有無が、その後の体験を大きく左右する。 情報を持っている側と持っていない側の間には、見えない壁がある。

私にとってタクシーが来ることは確定した事実だったが、老婆にとってはそれは単なる予測、あるいは「予知能力」のように思えたのだろう。 同じ言葉「もうすぐタクシーが来る」でも、その背景にある確信度の違いが、信頼性の評価を分けた。 情報格差とは、単に知っているか知らないかだけでなく、確実性に対する感覚の違いをも生み出すのだ。

二つ目の気づきは、より自省的なものだった。 58歳の私自身、一般的に見れば「情弱世代」と分類されがちな立場にある。 にもかかわらず、このケースでは情報を持つ側だった。 実際、私のような還暦近い世代でも、AIモデルを開発したり情報技術を駆使したりしている人間は存在する。 少数派ではあるが。

「意外性」と固定観念

「犬が人間を噛んでもニュースにならないが、人間が犬を噛むとニュースになる」という格言がある。 同様に、「会社員がスマホアプリを開発しても話題にならないが、学生や老婆が開発すると話題になる」という現象も存在する。

これは「意外性バイアス」と呼べるもので、予想や固定観念から外れたことほど注目を集める。 50代後半でAIに精通していることが特に取り上げられないのは、それが「想定内」だからかもしれない。 一方で極端に若い開発者や高齢のプログラマーが脚光を浴びるのは「想定外」だからだ。

情報格差と経済格差

「人・モノ・カネ・情報」—ビジネスの世界で重要な要素とされるこれらの中で、「情報」の価値はますます高まっている。 そして情報は直接的に経済力に結びつく。

世の中には情報が溢れているが、その処理能力に長けていない人々は学業成績も上がらず、経済的な格差に直面しやすい。 情報格差が経済格差を生み出す悪循環が存在するのだ。

特にこの情報格差は「特殊詐欺」や「投資詐欺」の被害分布に如実に表れている。 情報弱者は最新の詐欺手口を知らないため、同じ手口でも騙されやすい。 オレオレ詐欺や還付金詐欺、「必ず儲かる」という投資話に騙されるのは、詐欺の最新トレンドや見破り方に関する情報へのアクセスが限られているからだ。

詐欺師たちの間では「被害者リスト」(俗に「カモリスト」とも呼ばれる)が高額で売買されている。 これは一度だまされた人が別の手口でも再びだまされやすいという悪質な経験則に基づいている。 一度騙された被害者は、情報弱者としてのレッテルを貼られ、次々と新たな詐欺のターゲットにされるのだ。 こうして詐欺被害が連鎖し、情報格差と経済格差の悪循環はさらに深まっていく。

法的には問題ないが倫理的に問題のあるビジネスモデルも、この情報格差につけ込んでいる。 専門家が素人を言いくるめて負債を負わせることで利益を得るワンルームマンション投資がその典型だ。 複雑な契約条件や将来リスクに関する情報を持たない購入者が、「資産形成」の美名のもとに実質的な経済的負担を背負わされる構造は、情報の非対称性がもたらす不公正の表れと言える。

AIが変える情報民主化の可能性

AIの出現は、この根深い情報格差問題に対する新たな打開策を示している。 人間の情報処理能力をAIが補完することで、従来の認知能力による格差を部分的に解消できるかもしれない。

特に「被害者の連鎖」を断ち切る可能性はAIにこそある。 一度詐欺に遭った人が、その後の不審な勧誘や話をAIに相談することで、繰り返しの被害を防げるかもしれない。 感情に左右されず、秘密を守り、気兼ねなく何度でも質問できるAIは、詐欺師のターゲットにされやすい情報弱者にとって強力な防波堤となり得るのだ。

同様に、不動産投資や金融商品の契約前にAIに内容を分析してもらうことで、専門家と素人の間の情報格差を縮小できる。 AIは複雑な契約書の隠れたリスクや、説明されなかった不利な条件を冷静に指摘してくれるだろう。

これは教育のあり方にも大きな示唆を与える。 従来型の暗記中心の学習でも、抽象的な「考える力」の習得でもなく、まずはAIを効果的に活用する方法をマスターすることが重要ではないだろうか。

ただし、AIを使いこなすには「何を聞くべきか」「結果をどう評価するか」という判断力も必要だ。 AIとの協働においても、人間ならではの批判的思考や価値判断の基盤は欠かせない。

情報の民主化を通じて経済格差の連鎖を断ち切る—それがAI時代の新たな可能性であり、私たちが目指すべき方向なのだ。

おわりに

雪の降る駅前でのちょっとしたエピソードは、現代社会における情報格差の実態と、それを解消する可能性を秘めたAIの役割について考えさせるきっかけとなった。 情報を持つことの価値と、それを活用するスキルの重要性—そして年齢や見た目で人を判断せず、個々の多様性を認識する大切さ。

タクシーを待つ老婆と私の間に生まれた小さな情報格差は、実は現代社会の本質的な課題を象徴していたのかもしれない。