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技術文化史システム開発の闇:90年代IT業界における労働問題の記録

当時のバイト先は、100人ほどの派遣社員を抱える会社だった。毎月必ずと言っていいほど、1~2人が勤務先に来なくなった。 総務部には「今日も来ていません」という連絡が日課のように入っていた。
消えていく技術者たち
ひとりのアラサーのシステムエンジニアが出勤してこなくなった。 総務部が自宅に電話すると、奥さんが出て「主人は毎朝いつも通り出勤しています」と答える。 しかし、派遣先からは『今日も来ていない』と連絡が入る。これが数日続いた。
彼は数日の無断欠勤のあと、会社に呼び出された。総務部長と話している内容が聞こえてきた。 毎日、家を出てから夕方に帰宅するまでの記憶があやふやだという。 高いところに行った気もすると話していた。後日、それが高島平団地であることが分かった。
天井の低いオフィス
とある派遣先は、オフィスの天井が低いと不評で、毎月一人は壊れた。 そのたびに、総務部長が派遣先に謝罪に向かっていた。 総務部長は定年間際の年齢で、人当たりも良かったので、この業務に向いていた。
寮に入っていた若手社員も、何人かが出勤しなくなった。 総務部長が、同じ寮に住む社員の派遣先に勤務時間中に連絡していた。 とりあえず生きているらしい。ひきこもり状態だった。 総務部長が寮に足しげく通っていたのを覚えている。
そのうち、一緒に仕事をしていた先輩まで会社に来なくなった。 午後3時になると、誰かが先輩の家まで迎えにいった。 そして、午後6~7時に先輩はしぶしぶ会社に来ると、人がいない深夜を好んで仕事をしていた。
消費されるエンジニア
今も変わらぬ派遣ビジネス
ここに書いてあることは、現在(2024年)から35年前ことだ。バブルの頃の話だ。 技術者を損耗して派遣元が儲かる図式は、今もって何ら変わっていない。 むしろ、当時はパソナなんて会社、きいたこともなかったが、今や大手派遣会社として名を馳せている。 調べてみたら、当時、パソナはテンポラリーセンターと名乗っていた。 忘れもしない、天井が低くて何人もが壊れた派遣先だ!
ITは死の影がつきまとう業界
オフィスは雑居ビルの7階にあった。一緒に受託案件を担当していた先輩がよく話していた。
「齋藤君、朝一番で会社に来て、もしも窓が開けっぱなしだったら、気を付けてね。」
「なぜですか?」
「窓から下を見て必ず確認すること。換気のためならいいけど、誰かが飛び降りていることもあるから。」
先輩は自殺するようなタイプに見えなかったが、以前の職場で何回か、そういう場面に遭遇していたらしい。
「職場で首を吊って死んだ先輩がいたんだけど、確実に死ねるようにって、いろいろ計算して、ものすごく複雑な仕掛けを作って死んでいた。」
どんな仕掛けだろうか、と興味があったが、つっこみはしなかった。
そんな私も2月の勤務は270時間を超えていた。休んだのは2日だけで、基本は徹夜勤務の日々が続いていた。 その貴重な休日の夕方、突然、社長から電話があり新宿に呼び出された。 連れていかれたのはキャンパスクラブ。
うーん、当時は微妙だったかな。女性がみんな年上だったし。遊び方も女性との会話もわからなかった。 今なら喜んで行くけどね。
会社の利益と理不尽
ある日、会社に行くと、社長がいた。派遣社員と話し込んでいた。 しばらくして、派遣社員が社長室から出てくると、椅子に座って大泣きし始めた。 30半ばの男性だ。人目もはばからずに泣いている。
何があったのか、総務部長が場所を変えて話をしていたのが聞こえてきた。
「僕はまじめに仕事していただけです。でもまだ経験1年目だから、コーディングしかできません。 なのに、派遣先では設計やテストをやらされて、それができないからと言って、お前、何年この仕事してるんだ?って怒られるんです。」
それで派遣先からクレームが入り、社長が怒っていたらしい。
当時、勘定系業務は、PGなら単価40~50万円だが、SEは60~80万円だった。 なので、社長がその社員の経歴書を改ざんし、経験3年のSEとして派遣先に送り込んでいたのだ。
きちんとPGとして送り込んでいれば、利幅は少なくとも確実に稼いでくれたはずだ。 2年後にはSEとなって、会社の利益も増えるだろう。 だが、社長は目先の利益しか頭になかったようだ。金が足りなかったのだろうか? 会社の経費は大して掛かっていないので、外車を買ったり、フィリピンパブで遊ぶ金が足りなかったのだろうか。 今から考えると、悪い意味で典型的な中小企業経営者である。
結局、彼は会社を辞めた。
保険金詐欺の影
社員にかけた生命保険
受託案件の納品が済んだ頃、先輩社員にフィリピン勤務の辞令が出た。 それから10日後くらいだろうか。先輩がフィリピンに向かう数日前のこと。 社長との打合せを終えた先輩が、血相を変えて私の元にやってきた。
「この会社にいたら、殺される!」
そういって、先輩は走って会社を出て行った。
翌日、先輩が会社に荷物を取りに来たので、話を聞いた。
「もうこんな会社辞めるから、あとよろしく。殺される。 あの社長、俺がフィリピンに異動するからって、会社で俺に生命保険をかけて、その受取人を会社にしてるんだよ! それで、打ち合わせの席に保険の外交員を連れてきて、契約書に記入捺印しろというから、拒否したんだ。 きっと社長は、俺をフィリピンで殺して、保険金を手に入れるつもりだ。 恐ろしいから、こんな会社辞める!君も早く辞めたほうがいいよ。」
パソコンにかけた損害保険
それで思い出したことがある。
数か月前、オフィスで大きな音がした。 社長が自分のパソコンを床にたたきつけていた。 何してるんですか?と尋ねると、社長はこう言った。
「このパソコン、古いから新しいのが欲しくてね。 パソコン保険に入ってるから、壊れたら保険金が出るんだよ。 だから、壊してるんだ。」
このときは社長の思考回路が理解できなかったが、先輩の話を聞いて、なるほど、と思った。
私もこの会社を辞めようと決意した。