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エンジニアリング

日本のIT人材育成の現状と構造的問題 [第2回]

日本のIT人材育成の現状と構造的問題 [第2回]のイメージ

教育システムの構造的要因

日本のIT教育の現状について、次のような文部科学省による調査資料があります。

これらを要約すると、次のようになります。

【供給不足の構造的課題】

まず、人材供給の量的な課題として、理系人材の深刻な不足があります。 日本の理系学部の学位取得者割合は35%とOECD諸国平均を大きく下回り、特に大学入学者における理工系分野の割合は17%と低水準です。 さらに、女性の理工系進学率は7%と際立って低く、多様な人材の確保という観点からも課題が存在します。 この状況下で、2030年には先端IT人材が54.5万人不足すると予測されており、デジタル社会への移行に向けて深刻な人材不足が懸念されています。

【教育システムの機能的限界】

次に、教育システムの構造的な問題があります。 日本の教育システムは高校段階から文理を分断し、専門分野に特化した教育を行う傾向が強く、これが文理横断型のデジタル人材育成を妨げています。 また、デジタル教育を担う教員の不足や実務家教員の確保の困難さ、産学連携の不十分さなど、教育提供体制にも多くの課題があります。 特に地方大学におけるデジタル教育体制は脆弱で、質の高い教育を提供することが困難な状況です。

地域・企業間の人材偏在

さらに、地域間格差の問題も深刻です。 デジタル人材は東京圏に集中する傾向が強く、地方で育成された人材も都市部に流出してしまう状況が続いています。 また、中小企業では社内でのデジタル人材育成が困難であり、企業規模による格差も顕在化しています。 文系学生のデータサイエンスへの理解不足や、実践的な教育と企業ニーズとのミスマッチなど、教育内容と社会需要のギャップも解決すべき重要な課題となっています。

政策対応の現状

これらの課題に対し、政府は大学・高専機能強化支援事業や数理・データサイエンス・AI教育の全国展開など、 様々な施策を展開していますが、問題の抜本的な解決にはより包括的かつ長期的な取り組みが必要とされています。

デジタル×ビジネスの統合的人材の必要性

デジタル技術の発展により、純粋な技術スキルを持つIT人材だけでなく、技術を社会やビジネスに実装できる統合的な視点を持った人材が求められています。 資料によれば、理系人材は技術に関する深い知見を持つ一方で社会実装の視野が不足しがちであり、文系人材は社会への応用を考える想像力はあるものの技術理解が不足しているとされています。 また、企業においてはDX推進のリーダーとして、技術と事業の両方を理解し、データを活用した課題解決や価値創造ができる人材が必要とされています。 このような統合的な人材育成のためには、従来の文理を分断した教育システムを見直し、文理横断型の教育アプローチが求められています。 これは単なるIT教育の拡充だけでなく、教育システム全体の構造的な変革を必要とする課題だと言えます。

大学における課題

情報系の教授陣の多くは研究者として育成されており、企業での実務経験を持っていません。 彼らは学部から大学院へ、そして教壇へと、アカデミックな世界の中だけでキャリアを積んできました。 そのため、教えられるのは自身が専門とする理論研究が中心となります。

一方、現場経験のあるエンジニアを教員として採用することも容易ではありません。 最新技術の進化は急速で、現場を離れると技術的なキャッチアップが困難になります。 特に近年のクラウド技術やAI、新しい開発手法などは、実際に使用していなければ本質的な理解は難しいでしょう。

さらに、現役エンジニアが教育に携わることにも大きな壁があります。 非常勤での講義なら可能かもしれませんが、本格的な教育者となるには、教授法の習得や教材の作成、学生の指導力など、別種の専門性が必要となります。 エンジニアとしての能力が高くても、それを効果的に教えられるとは限らないのです。

より根本的な問題として、アカデミアにおける「実務」への偏見も無視できません。 多くの研究者は、実務的な技術職を研究より低い位置づけとみなす傾向があります。 論文至上主義の風潮の中で、実践的なスキルの教育は軽視されがちです。 この価値観の違いは、理論と実践の分断をさらに深めています。

理系が少ない日本

CSETによるSTEM(科学、技術、工学、数学)卒業生の世界分布に関する2020年のデータ分析によれば、

項目概要
STEM卒業生数中国 357万人
インド 255万人
米国 82万人
日本 19.2万人
全卒業生に対するSTEM卒業生の割合中国 41%
ロシア 37%
ドイツ 36%
日本 19%

私が高校生のとき、8クラス中、理系クラスは2クラスだけでした。 しかも女子はたった8名。それも1クラスに集約されていたので、私は男子クラスでした。

大学は工学部でしたが、女子が多い学科でも2割程度。機械学科は4学年で女子1名でした。

毎年日本の20倍の理系学生を輩出する中国に、人材で勝てるわけがないことが良く分かります。 しかも中国は実践的な人材育成を行っているのに対し、日本は理論的な教育が中心です。 40年経っても人材不足が解消されず、今では実装もオフショア頼み。

「日本はもう、詰んでいる」としか言いようがありません。

解決への道のりと現実的な課題

2030年までに70万人のIT人材が不足すると言われている現状で、教育機関と産業界が協力して実践的なSEを育成する必要性は、誰もが認めるところです。

しかし、この課題は少なくとも1980年代から認識されていました。 通商産業省(現経済産業省)は1987年に『高度情報化社会を担う人材の育成についての提言』を発表し、 2000年には97万人のソフトウェア技術者が不足すると警告していました。 それにもかかわらず、40年近く問題は解決されていません。

なぜ、これほど長い間、問題が解決されないのでしょうか。 その答えは「誰が利益を得られるのか」という現実的な問題に隠れています。

大学にとって、産学連携による実践的教育の導入には大きな障壁があります。 論文業績で評価される教員にとって、実務教育に時間を割くインセンティブはありません。 カリキュラムの大幅な改編には、教員の入れ替えや設備投資も必要となります。 さらに、実践的な教育を導入しても、それが研究費の獲得や大学の評価向上につながる保証はありません。

実践的教育を大学の評価指標に組み込むという提案があります。 しかし、これは表面的な対応に終わる可能性が高いでしょう。 大学の社会的評価は、結局のところ著名な卒業生を輩出すれば済む話です。 また、仮に評価指標に組み込んだとしても、それが個々の教員の業績評価にどう反映されるのか、具体的な仕組みを作ることは極めて困難です。

産学連携による人材育成も、20年以上前から提唱され続けている施策です。 しかし、予算依存型の取り組みは、補助金や助成金などが尽きれば終わってしまいます。 より本質的な問題として、システム開発における実践的な人材育成はOJTを置いて他にありません。 模擬的なシステム開発では、実際の現場で不可欠な責任感と緊張感が伴わないからです。

本質的な課題

これらの施策が実を結ばない背景には、より本質的な問題があります。 それは、システム開発という仕事の特殊性です。 実践的なスキルの習得には、実際のプロジェクトでの経験、つまりOJTが不可欠です。 しかし、OJTには以下のような難しさが伴います。

  • 失敗が許されない本番環境での教育は極めてリスクが高い
  • 模擬環境では現場の緊張感や責任感を再現できない
  • 教育係の余裕がない現場では、OJTそのものが機能しない

このジレンマは、従来型の教育支援策では解決できない性質のものと言えるでしょう。

結局のところ、現在提案されている施策の多くは、この本質的な課題に踏み込めていません。 表面的な制度改革や一時的な資金援助では、問題の根本的な解決にはつながらないのです。

解決の道はあるのか?

今求められているのは、理想論を語ることではありません。 全ての関係者が実質的なメリットを得られる、現実的な改革の枠組みを設計することです。 40年近く放置されてきたこの課題に、今こそ真摯に向き合うべき時と思いますが、残念ながら、恐らく解消されることはないでしょう。

もしも、この問題が解消する方向に向かうとすれば、デジタル庁のような政治的決断しかないと思います。