「値こなし」——接待と信頼で相場の半額で売らされる売主たち
この記事でわかること
Q. 値こなしとは何ですか?
Q. 仲介業者と買取再販業者では、なぜ売主への対応が違うのですか?
Q. 値こなしから身を守るにはどうすればいいですか?
Q. 不動産の査定額が相場より安すぎるのは何が原因ですか?
Q. 不動産業者の接待には注意すべきですか?
Q. マンションを売るとき、相場より安く買い叩かれないためには何をすればいいですか?
「いい人に出会えたんです」
知人が、満面の笑みでマンションの売却を語った。少し前に売れたという。
担当者は丁寧で、何度も食事に誘ってくれた。ゴルフにも連れて行ってもらった。お中元も届いた。「面倒な手続きは全部こちらでやりますから」と、安心して任せられた。
成約価格を聞いて、私は黙り込んだ。
そのエリア、その築年数、その面積から考えて、少なくとも3割は安かった。
知人は満足しきっている。「いい人と出会えた」と感謝している。自分が安く売らされたことに気づいていない。
これが、不動産売却の現場で起きていることだ。業界では「値こなし」と呼ばれる。接待で信頼関係を築き、相場より安く査定し、安く仕入れる。仕掛けるのは、多くの場合、買取再販業者だ。
仲介と買取再販——利害がまるで違う
「不動産会社」と一括りにされるが、業態によって売主との利害は正反対になる。
仲介業者の収入源は、仲介手数料だ。物件価格3%+6万円(消費税別、400万円超の場合)が宅建業法で定められた上限。
つまり、仲介業者は高く売れるほど自社の収入が増える。3,000万円で売れば手数料は約100万円、5,000万円なら約170万円。利害は売主と一致している。
一方、買取再販業者は違う。
買取再販は、業者自身が物件を仕入れ、リフォーム後に転売して差額で利益を得る。仕入価格が安いほど利益が増えるビジネスだ。市場価格に対する買取価格は、業界の目安として7〜9割。残りの1〜3割が業者の取り分(リフォーム費・諸経費・利益)になる。
ここに、構造的な利益相反がある。
仲介業者は「いくらで売れるか」を本気で見積もる動機がある。買取再販業者は「いくらで仕入れたいか」が査定の出発点になる。同じ「査定」という言葉でも、立場が違えば意味が違う。
仲介・買取再販に加えて「三為(さんため)契約」を含めた取引形態の違いについては、姉妹サイトで仲介・三為・買取再販 — 不動産取引の3つの形態として詳しく整理している。
「高預かり→干し→値こなし」の3ステップ
値こなしは、突然始まるものではない。長い時間をかけて段階的に進む。
第1段階: 高預かり
最初のステップは、相場より高い査定だ。
近隣の成約事例から見て3,500万円が妥当な物件に、3,900万円や4,000万円の査定を提示する。「他社の査定より高いから」という理由で、売主はその業者と専任媒介契約を結ぶ。
これが「高預かり」だ。実際にその金額で売る気はない。媒介契約を取ることが目的になっている。
第2段階: 干し
媒介契約を取った後、積極的な販売活動をしない。
レインズには登録するが、販売図面(マイソク)は作らない。所在地は町名までしか開示しない。広告は最小限。当然、内見の問い合わせは少ない。
これが「干し」だ。物件を意図的に売れない状態で放置する。両手仲介を狙って、買主側の他業者からの問い合わせを「商談中です」と断る囲い込みを併用するケースもある。
3か月、半年と経つうちに、売主は焦り始める。「なぜ売れないのだろう」「相場が下がっているのか」。
やっかいなのは、相場が実際に動いている時期があることだ。2025年春以降、私が見ている都心の高額帯では、中国系の買主の動きが鈍り、価格調整が目立つ局面があった(中国の海外送金規制から間もなく1年)。本当に市況が緩んだのか、自社で売れない状態を作られているだけなのか——売主側からは同じ「売れない」に見えてしまう。だからこそ、次に書く相場の調べ方が効いてくる。
第3段階: 値こなし
売主の焦りが頂点に達したタイミングで、業者はこう切り出す。
「正直に申し上げると、この価格では売れないんです」
そして、ぐっと値下げした金額を提示する。場合によっては、安い金額の架空の買付証明書を見せて「このくらいでないと買い手がつきません」と説得材料にする。架空の証明書を見せる行為は、後述するように明確な宅建業法違反だ。
最初に3,900万円で査定された物件が、半年後に2,800万円まで下がる。売主は疲弊している。「もうこの値段でいい」と折れる。
そして、その業者の関連会社が買取再販として安く仕入れる。あるいは提携する買取再販業者に流して、再販時の仲介手数料を確保する。
これが、値こなしの完成形だ。
接待という投資
値こなしの過程で、業者は売主との信頼関係を時間をかけて築く。
食事に誘う。ゴルフに連れて行く。お中元・お歳暮を欠かさない。困りごとを親身に聞く。
売主はこう感じる。「この担当者は本当に親切だ」「他の業者とは違う」。
ここで立ち止まって考えてほしい。
数千万〜数億円規模の物件で、業者の利益が500万〜1,000万円になるとする。それに対して、接待費は年に数十万円程度だ。
**ROIで考えれば、抜群に割の合う「投資」**になる。
接待される側は、それを「投資の対象」だとは思わない。「いい人と出会えた」と思う。だからこそ、効果が高い。
「面倒なことは全部こちらでやりますから」という言葉も、よく使われる。一見親切に聞こえるが、これは売主から「自分で調べる動機」を奪うフレーズでもある。他社の査定を取らなくなる。レインズ・マーケット・インフォメーションも見なくなる。
接待で気持ちよくなって、調べる気が失せた段階で、相場より安い査定を提示される。「いい担当者が言うのだから」と納得してしまう。
これが、値こなしの心理的な核だ。営業の言葉を「自分の考え」だと思い込んでしまう構造は、不動産営業の常套句を「自分の考え」だと思っていた知人の話でも別の角度から論じている。
情報遮断という手口
値こなしを成立させるには、売主に「相場を知らせない」ことが鍵になる。
他社査定の阻止
「うちが一番高く売れます」「他社は煽るだけで実態が伴いません」。複数社査定を取ることを、暗にも明にもやめさせる。
「もう査定は何度もされましたよね、お疲れですよね」と先回りして潰すケースもある。
レインズ事例の非開示
業界専用のデータベース「レインズ」には成約事例が蓄積されている。プロが見れば、自分の物件の妥当な相場が分かる。
ところが業者は、これを売主に見せない。「業界用なので」「専門的なので」と理由をつけ、生のデータを共有しない。
業者が引用するのは、自分に都合のいい事例(安く成約した事例)だけだ。
販売図面・所在地の非開示
レインズには登録しているが、販売図面(マイソク)は作らない、所在地は町名までしか開示しない、写真も最小限。買い手の問い合わせを意図的に減らす。
売主が「広告はどうなってますか」と聞いても、「最大限やっています」と答える。実態を売主が確認する手段がないので、信じるしかない。
メディアで語られた一例
「値こなし」は理論上の話ではない。公の場で当事者から語られた例もある。
不動産系YouTubeチャンネルとNewsPicksが共同制作した番組で、ゲスト出演したタレントのスザンヌ氏が、自身のマンション売却体験を語った場面がある。東京・三軒茶屋駅近の3LDK(約76㎡)を、2012年に約7,000万円で購入し、2024年頃に約7,500万円で売却したという内容だった。
12年保有して値上がり額は500万円——東京の中古マンション市況の上昇トレンドを考えれば、この数字は説明がつかない。番組内では出演する不動産の専門家から「同条件の物件であれば1.5億円程度の評価が妥当」との見立てが示され、出演者一同が驚く展開となった。
注目すべきは、本人に「だまされた」という意識が薄かった点だ。担当者は親切で、面倒な手続きをすべて引き受けてくれた。本人は「いい人と出会えた」と感じていた——売却を終えた段階で、相場との大きな乖離に気づいていなかった。
これが、値こなしの本質を象徴している。被害者は被害者だと気づかない。売却体験そのものは「親切で丁寧な担当者に任せて、無事に売れた」で完結する。後から第三者が指摘して初めて、「自分はいくらで売るべきだったのか」が見えてくる。
専任返しという裏の利益
仲介業者は、本来「高く売る」ことで自分の収入を最大化する立場だ。
なら、なぜ値こなしを行う仲介業者が存在するのか。答えは「専任返し」にある。
仲介業者が、値下げした物件を提携する買取再販業者に安く流す。その代わり、買取再販業者がその物件を再販する際の仲介を、その業者が独占的に得る。
つまり、
- 売主からは仲介手数料を取る(売却時)
- 買取再販業者からは仕入の橋渡しで関係を強化
- 再販時に再び仲介手数料を取る(販売時)
3,000万円で売らせて、半年後に4,500万円で再販する——同じ物件で「仲介手数料 × 2回」を稼ぐ業者が現れる。
両手仲介(売主・買主の双方から手数料を取る)と組み合わせれば、利益はさらに膨らむ。
ここで重要なのは、仲介業者の中にも「安く売らせる」インセンティブが構造的に生まれるということだ。「仲介だから売主の味方」と無条件には言えない。
値こなしと法律——グレーゾーンの構造
宅建業法には、業者の不適切な行為を規制する条文がいくつかある。
第47条1号は、重要な事項について「故意に事実を告げず、または不実のことを告げる」ことを禁じている。市場の成約事例を意図的に伏せて売主の判断を歪める行為は、ここに触れる余地がある。
架空の買付証明書を提示する行為は、明らかに第47条違反だ。実在しない買主の意思を装い、不実の事実を告げて売主の判断を誤らせている。
第47条の2第1項は、業務に関し相手方の判断に重要な影響を及ぼす事項について「断定的判断を提供する」ことを禁じる。「この価格では絶対に売れません」と一方的に断定し、他社査定や別ルートの可能性を考えさせない発言は、ここに触れる。
ただし、「値こなし」自体を直接禁じる条文はない。値段の付け方には業者の裁量があり、すべての低査定を違法と決めつけるわけにはいかない。重要事項不告知での行政処分(業務停止7〜30日など)に至るには、売主側の証拠が必要だ。録音もメモもなければ、行政が動くのは難しい。
法律のグレーゾーンが、業者の手口の温床になっている。自衛策がそのまま唯一の対策になる——これが値こなし問題の現実だ。
自分の物件の相場を知る方法
値こなしから身を守る最大の武器は、自分で相場を知ることだ。
幸い、一般人でも使える情報源は複数ある。
レインズ・マーケット・インフォメーション
国土交通大臣指定の不動産流通機構(東日本・中部・近畿・西日本)が運営する、一般公開のデータベース。「reins-market.or.jp」で検索できる。
エリア・物件種別・築年数・面積を指定すると、過去の成約価格が分布図で表示される。実際に売れた価格が分かるので、相場観の基礎になる。
国土交通省「土地総合情報システム」
不動産取引の事例を集めたデータベース。地域・取引時期で検索できる。マンションだけでなく、土地・戸建てもカバーしている。
複数社査定——ただし一括査定には罠がある
複数社から査定を取ることは基本だ。最低3社、できれば5社。
ただし、一括査定サービスにも罠がある。一括査定サイトは、業者から成約報酬を取る仕組みになっている。業者は「とにかく契約を取りたい」ので、相場より高い査定(=高預かり)を提示しがちだ。
つまり、一括査定で出てきた査定額の中で「最高値」を信じてはいけない。最高値を出した業者こそ、高預かりを狙っている可能性がある。
選ぶべきは、査定額の根拠を明確に説明できる業者だ。「近隣で2か月前にこの価格で成約した事例があります」「同じマンションの過去5年の成約価格はこの分布です」と、データで語れる業者が信頼に値する。
数字が一番高いから選ぶのではなく、根拠が一番明確だから選ぶ——この発想の転換が、値こなし対策の核心になる。
媒介契約後はレインズ登録証明書を確認
専任媒介契約・専属専任媒介契約を結ぶと、業者には7日以内(専属専任は5日以内)にレインズへ登録する義務がある。登録するとQRコード付きの「登録証明書」が発行される。
このQRコードから、自分の物件のレインズ上のステータスを売主自身で確認できる。「公開中」になっているか、不自然に「申込あり(書面なし)」状態が続いていないか(囲い込みの兆候)、定期的にチェックする。
仲介を味方につける——見極めの4つのポイント
ここまで読んで「結局、誰を信じればいいのか」と思った方もいるだろう。
仲介業者は本来、売主と利害が一致する立場だ。業者選びを間違えなければ、強力な味方になる。
見極めのポイントを4つ挙げる。
(1) 査定の根拠を、紙とペンで説明できるか
「相場感です」「経験から」では話にならない。レインズの成約事例、近隣物件の成約価格、面積・築年数を加味した分析——具体的な数字とロジックで説明できる業者を選ぶ。
(2) 媒介契約後、レインズ登録証明書をすぐ送ってくるか
法令上の義務だ。これを渋る業者は、囲い込みや干しを念頭に置いている可能性が高い。
(3) 進捗報告を定期的に行うか
専任媒介は2週間に1回、専属専任は1週間に1回の文書による報告義務がある。報告が形骸化していたり、内容が薄い業者は、本気で売る気がない。
(4) 「面倒は全部こちらで」を強調しすぎないか
親切な業者は確かに手続きを引き受けてくれる。だが、売主が情報を持つことを歓迎する業者こそ、誠実だ。「相場を一緒に見ましょう」「他社の査定もぜひ取ってください」と言える業者は信頼に値する。
「うちだけに任せてください」と他の選択肢を遠ざける業者は、警戒すべきサインだ。
なぜこの記事を書けるのか——立場の開示
念のため、立ち位置を明らかにしておきたい。
当社(aqz)も「なないろ土地査定」という不動産査定サービスを運営している。仲介・買取の現場に関わる立場として、査定や媒介の契約は取れるに越したことはない。
ただ、当社は信頼できるパートナーとだけ提携する方針を取っている。背景には事業構造がある。複数のウェブメディアの自社運営とウェブサイト制作事業を並行しており、収入源が分散している。不動産1本に依存していない。
加えて、一人経営だ。組織の売上ノルマで動かされることがない。理念に反する契約は、しなくて済む。
「いい人」ではなく「データ」を信じるべきだ——本記事の主張をここまで踏み込んで書けるのは、この立場の根拠があるからだ。値こなしを行う業者には、それぞれの構造的な事情がある。我々はその事情から自由だ、というだけのことだ。
信頼は、データの上に建てるもの
値こなしの恐ろしさは、売主が「だまされた」と気づかないまま終わることだ。
物件は売れた。担当者は親切だった。手続きはスムーズだった。本人の体験としては、何の問題もない。
ただ、相場の半額で売っただけだ。
接待商法は、人間関係そのものを商品にしている。「いい人」「親切な人」と思わせること自体が、ROIの高い投資になっている。
だからこそ、信頼は「人柄」ではなく「データ」の上に建てるべきだ。
査定額の根拠を、紙とペンで説明できるか。レインズ登録の証拠を、QRコードで開示するか。進捗報告を、定期的に文書で出すか。
これらが揃って初めて、「いい担当者」と呼ぶ価値がある。
「いい人と出会えた」だけでは、足りない。
その「いい人」が、相場の半額であなたの不動産を売りに出している可能性は、十分にある。
出典・参考資料
- 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)47条・47条の2(e-Gov法令検索で参照可能)
- レインズ・マーケット・インフォメーション(公益財団法人不動産流通推進センター)https://www.reins.or.jp/
- 国土交通省「土地総合情報システム」https://www.land.mlit.go.jp/webland/
- 宅地建物取引業法施行規則15条の8(媒介契約に係るレインズ登録義務)
本記事は不動産仲介の現場での見聞・知見をもとに記述しています。本文中のエピソードは個人や家族のプライバシー保護のため、固有名詞・場所・時期を伏せています。個別のケースについては事情により対応が異なるため、専門家にご相談ください。不動産売却に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
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