「1戸の住宅なのに土地が5筆」——昭和の分譲地の登記簿を9筆読み解いた実務レポート
はじめに——登記簿を開いて目を疑った
ある分譲住宅の仲介依頼を受けた。築浅の戸建て、駅徒歩圏、価格も相場どおり。何の問題もない物件に見えた。
登記簿を取得するまでは。
敷地は5筆に分かれていた。メインの宅地が2筆、その間に挟まれた細長い土地が3筆。面積はそれぞれ5㎡、6㎡、18㎡——家の敷地というより、人ひとりがやっと通れる通路のようなサイズだ。さらに前面の私道部分も4筆に分割され、それぞれ別の世帯が所有している。
最初は「嫌がらせか?」と思った。次に「相続税対策で意図的に分筆したのでは?」と疑った。しかし、9筆分の登記簿を丹念に読み解いていくと、まったく別の物語が浮かび上がってきた。
これは、昭和50年代の分譲地が半世紀をかけて生み出した「時限爆弾」の記録だ。
第1章 元は一つの大きな土地だった
すべての始まりは昭和53年。東京郊外のある住宅地に、一筆の大きな土地があった。
地主がこの土地を分譲業者に売却し、業者が一気に十数筆に分筆した。宅地、通路、私道。当時の分譲地開発の定番パターンだ。
分筆の設計思想はこうだった。
- 各戸の主たる宅地(60〜130㎡程度)
- 隣接する戸同士をつなぐ共有通路(5〜18㎡の細い土地を、隣り合う2世帯で1/2ずつ共有)
- 前面の私道(18㎡前後の土地を、分譲地内の各世帯が1筆ずつ所有)
当時としては合理的な設計だった。共有通路は2世帯が協力して管理すればいい。私道は各戸が1筆ずつ持ち合えば、誰も通行を拒否できない。昭和の分譲業者なりの知恵だったのだろう。
問題は、この設計が50年後の世界を想定していなかったことだ。
第2章 2つの家族、5筆の土地
話を今回の物件に戻そう。
昭和58年、分譲地の一画を中村家(仮名)が購入した。メインの宅地67㎡を単独所有し、ここに自宅を建てた。同時に、隣との共有通路3筆(合計30㎡)の持分1/2も取得した。
2年後の昭和60年、隣の区画を藤田家(仮名)が購入した。メインの宅地66㎡と、同じ共有通路3筆の残り1/2だ。藤田家は3人の共有名義(持分 90:30:21)で購入している。おそらく親族間で資金を出し合ったのだろう。
ここまでは普通の話だ。2軒の家が隣り合い、間の通路を仲良く共有している。昭和の住宅地の平和な日常。
ところが、ここから半世紀にわたる所有権の複雑化が始まる。
第3章 相続と離散——所有者はどこへ行った
藤田家の場合
昭和63年、共有者の一人が死亡。持分は別の共有者が相続したが、登記が行われたのは平成18年——死後18年が経ってからだった。
令和6年、もう一人の共有者が死亡。持分は親族の女性が相続。ここでようやく、5筆すべてが2名体制に整理された。
中村家の場合
中村氏は昭和58年の購入後、平成6年に都心部へ転居。郊外の家は残したまま、住所だけが移った。その後、平成2年には信用保証会社の抵当権(400万円)が設定され、平成19年にようやく抹消されている。
メインの宅地は中村氏の単独所有、共有通路は藤田家と中村家で1/2ずつ。
この状態が、実に40年近く続いた。
第4章 もっと凄まじい——前面道路の「人間模様」
本当の地獄は前面道路にあった。
私道を構成する4筆(各18㎡前後)のうち、1筆の登記簿を追うだけで、以下の出来事が記録されていた。
- 昭和56年:分譲業者からA家とB家が共同購入
- 昭和57年:別の筆で別の共有者が購入、抵当権設定
- 平成元年:共有者の一人が離婚。財産分与で元妻に持分移転
- 平成16年:A氏死亡、息子が相続
- 平成19年:息子も死亡。さらにその相続人(妻)も死亡し、相続人不存在に
- 平成22年:相続財産管理人により第三者へ売却
- 平成23年:さらに転売。買主は外国籍の個人
- 平成25年:別の共有者が死亡、元妻が相続で持分を集約
たった18㎡の私道の持分が、半世紀の間に売買6回、相続4回、財産分与1回、相続人不存在1回を経験している。所有者は郊外の住宅地から都心へ、千葉へ、さらには海外へと散り散りになった。
第5章 建売業者の「買い集め」という名の大仕事
令和6年、ある建売業者がこの分譲地の一画を買い取り、建て替えて販売することを決めた。
まず必要なのは、5筆の敷地すべてを取得すること。そして前面道路の持分も確保しなければならない。
中村家サイド:都心に転居済み。連絡がつけば売却交渉は可能だが、30年以上放置された不動産の処分に腰が重い可能性がある。
藤田家サイド:共有者3名のうち2名が死亡済み。相続登記が何年も放置されており、まず相続登記を完了させてからでないと売買できない。
前面道路:4筆のうち1筆は取得できたが、残り3筆の所有者は別の住戸の住人やその相続人たち。彼らにとって私道持分は「売る理由がない」土地だ。
登記簿を見ると、建売業者は以下の順序で買い集めを実行している。
- まず前面道路の1筆を先行取得(相続人2名から購入)
- 藤田家の住所変更登記を完了
- 中村家から全持分を取得し、同日に藤田家からも全持分を取得
同日決済。中村家と藤田家、両方から同時に買い取っている。おそらく、一方だけ先に買っても「隣が売ってくれなければ建売にできない」というリスクがあったのだろう。
第6章 なぜ合筆しないのか
建売業者は5筆すべてを取得した。しかし、登記簿を見る限り合筆していない。
理由はいくつか考えられる。
コストの問題:合筆には境界確定測量が必要な場合があり、費用と時間がかかる。建売のスピード重視のビジネスモデルでは、合筆せずにそのまま販売するほうが合理的だ。
前面道路との関係:共有通路の3筆は、隣地との位置関係上、合筆の要件(地目が同じ、所有者が同じ、抵当権等がない、接続している等)を満たさない可能性がある。
実務上の判断:重要事項説明書で正確に記載すれば、買主に不利益はない。合筆は「あれば望ましい」が「必須ではない」。
結果として、新築の建売住宅が「5筆の土地に建っている」という、一見すると不自然な状態で市場に出ることになる。
第7章 教訓——昭和の分譲地を扱うときに
この物件から得られる実務上の教訓をまとめる。
1. 登記簿は「全筆」取ること
メインの宅地だけでなく、共有通路、前面道路、すべての登記簿を取得すること。今回のケースでは、敷地5筆+前面道路4筆=合計9筆の登記簿が必要だった。
2. 共有持分の「名寄せ」を怠らない
昭和の分譲地では、主たる宅地の所有者と共有通路の持分権者が一致しているとは限らない。相続、離婚、転売を経て、まったく無関係の第三者が持分を持っていることがある。
3.「相続人不存在」は他人事ではない
高齢化・少子化が進む中、相続人のいない不動産は増え続けている。私道の共有持分のような「誰も積極的に管理しない」土地でこれが発生すると、相続財産管理人の選任から始めなければならず、処理に年単位の時間がかかる。
4. 前面道路の権利関係は最重要確認事項
建築基準法上の接道義務を満たしていても、私道の所有権・通行権が確保されていなければ、将来のトラブルリスクがある。分譲地全体の私道構成を把握し、各筆の所有者を確認することが不可欠だ。
5. 合筆されていない=問題がある、ではない
建売業者が合筆せずに販売すること自体は珍しくない。重要なのは、なぜ合筆されていないのかを理解し、買主に正確に説明できることだ。
おわりに——登記簿は「土地の履歴書」
9筆の登記簿を読み解くのに、丸一日かかった。しかし、そこには半世紀にわたる人間ドラマが刻まれていた。
売買、相続、離婚、転居、相続人不存在、外国籍への転売——。土地は動かないが、人は動く。そして人が動くたびに、登記簿に一行が加わる。
昭和の分譲地は、日本全国に無数に存在する。その多くが今、同じ問題を抱えている。所有者の高齢化、相続の連鎖、共有関係の複雑化。建物は建て替えられても、土地の権利関係は半世紀前のまま凍りついている。
不動産のプロとして、私たちにできることは一つ。登記簿を読むことだ。一行一行に目を通し、土地の来歴を理解し、買主にリスクを正確に伝えること。それが、昭和の時限爆弾を安全に処理する唯一の方法だと思う。
本記事は実在の物件をもとに、個人名・地名・細部を変更したフィクションです。不動産取引の実務における注意喚起を目的としています。